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2018年9月28日-4
「あの、今、お話しても大丈夫ですか?」
「勿論です。どうなさるか、決まりました?」
人間味を残しつつも、事務的な口調だった。これまで幾度となく色んな人間と同じやり取りをしてきたのだろう。
優一がちらりとこちらを見た。ブレのない、まっすぐな瞳だった。意思は固まり、決して揺らぐまいと言わんばかりの目色だった。
これなら大丈夫かと安心したのも束の間、テーブルに置かれた白い手を見て、そうでもないかと思い直し、緊張がみなぎる。
優一はディスプレイに視線を垂らした。
「……兄の身元引受は、拒否させて頂きます」
「そう、ですか……」
いかにも残念そうな声が響いてきた。「考え直してもらうことは、できないんですね?」
「はい。申し訳ありませんが」
「分かりました。それでは、他の方を探してみます」
「……お手数をおかけします」
「いえいえ。何かありましたら、連絡するとは思いますが、一旦はこれで。……すいませんね」
「とんでもないです……ありがとうございます、色々と」
「こちらこそ。それでは、宜しくお願い致します」
安馬氏は最後まで気さくなロボットの姿勢を崩さず、電話を切った。
優一が、身体が萎むのではないかと思うほどの長くて深いため息をついた。背中を丸め、顔をゆすぐように両手で覆うと、ダークブラウンに染めた軽めのマッシュヘアが、重力に従ってさらさらと垂れる。しばらくして現れた横顔には、わずかに柔らかさが戻っていた。
たかが3日、されど3日。安馬氏が最初に連絡を寄越してきた時に背負わされた重圧から解放され、ほっとしているようだった。
「……良かった」
小さな声だったが、岳と貴久にはしっかりと聞こえた。ふたりは目を合わせ、ゆっくりと頷き合う。貴久は変わらず落ち着いていたが、岳は優一同様、緊張を緩めた。そして、卓上のスマートフォンをしまおうとしている優一の手を掴む。
「手、すげぇ震えてる」
優一は目を閉じ、苦笑を吹き出した。
安馬氏は岳の父親であり、優一の兄である久我 晃一 のかつての弁護人で、現在はその縁で保護司をしていた。
2日前の水曜日、岳が製薬会社の営業マンとラブホテルで絡み合っていた頃、優一のもとに安馬氏から電話がかかってきた。
11月9日に仮釈放される晃一の身元引受を、依頼されたという。
優一は狼狽ながらも、やんわりと拒んだ。しかし相手は、その場では引き下がろうとしなかった。「まだひと月以上あるので、一旦気持ちを落ち着けて、岳さんとゆっくり考えてみてください」と言って電話を切ったという。
先ほどの電話は、あんなにも物分かりが良かったというのに。一度目はこちらの心変わりを期待して、ボールを持たせたままにしたのだろうか。なんにせよ、いけ好かない男だと岳は思った。
考えるも何も、もう何年も前から、優一と自分の中で結論を出していた。それが覆ることは、間違ってもなかった。
けれども、そこで強く押しきれないのが優一という人間なのだ。
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