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2018年9月28日-7
……ふいに、あの夜のことを思い出した。
宇田川町のラブホテル。低予算で造られたのだと察するに容易い部屋に、やけに軋む安っぽいベッド。その上にしどけなく寝転がる官能的な男。
あの、甘ったるい顔に均整のとれた裸体。瑞々しい人肌。頸から薫ってくる柑橘の香り、花の蜜を溶かしたような唾液の味。灼けるような熱と感触。初夏の爽やかな風を思わせながらも、ハスキーで色っぽい声。
……皆川 千景 。
やけにリアルな記憶が五感に迫り、思わず、息を呑んだ。
腹の奥底が燻ってくる。ゆらゆらと立ち込めるは、情欲の煙だった。肉体は瞬く間に燻され、岳は淡い陶酔状態に陥った。
しばらくしてから、岳はスマートフォンをポケットから取り出した。以前、路上で手を滑らせて落とした際、ディスプレイ全面が見るも無残なまでに割れてしまい、そこそこ高い金を払って修理せざるを得なくなった。それ以来、革製の手帳型ケースを装着していた。
購入して半年、少しずつ廃れてきたケースの内ポケットに、男の名刺を差し入れた。
モデル崩れや女優の卵、上位指名のウリ専ボーイやゲイ雑誌の読者モデル。これまで相手した女や男の中には、そういった奴らもいた。ずば抜けて綺麗な奴、手や口が巧みな奴。さらにその中に、セックスの相性が良い奴がいて、頼んでもいないのに連絡先を渡してくる奴もいた。
そいつらとあの男との違いは何なのだろう。
……特にはない、と思う。
これは、些細な気まぐれだ。脱衣所での優一のやり取りを経て、たまたま彼とのセックスを思い出したからで、他意はまったくない。現に、書かれたIDに連絡するつもりはなかった。
なんとなく、残しておく。それだけだ。
自分のことだ。次の日には、そこに入れたことを忘れているだろう。そして、そのままいつか、ケースと一緒に捨てるに違いない。賭けてもいい。
暗闇の中、岳はビールを呷り続ける。……飲み干したら、さっさと眠ってしまおう。明日も仕事だ。早朝には、この家を出なければならない。夜更かしなど、していられなかった。
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