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2018年10月3日-5
事の顛末ーー岳が意図的に伏せた部分はあったが、を把握した職長から、岳はみぞおちの痛みが回復した白崎と共に厳重注意を受けた。
普段はきさくで懐の広い職長をもってしても、今回の件については世話がないと思ったのだろう。「お前らなぁ、いい歳してくだらねぇことで喧嘩すんなよ。下の奴らに馬鹿にされるぞ」などと、何度もため息をつきながら懇々と説教され、ふたりしてぐうの音も出なかった。
職長の言うことはもっともだ。冷静になると、恥ずかしくて仕方がなかった。岳は職長と白崎に頭を下げ、二度とこんな問題を起こさないと誓った。白崎も岳に倣っていたが、どう見ても反省の色が見えず、ふてくされた目顔だった。鎮火した怒りが燻りそうになったが、さすがにそこは堪えた。
その後、岳は異様に腫れた右頬を診せに、近くの総合病院を訪れた。
JR代々木駅から北西に歩いて五分ほど、都営大江戸線新宿駅の出口そばにある大きな病院だった。11時の受付終了間際に滑り込み、最初に顔のレントゲンを撮られた。その後、形成外科でただの打撲で頬骨に異常がないと診断された。ばつが悪いあまり、岳は詳しい事情を話さなかったが、若い男性医師は色々と察したのだろう、「5日分の湿布と痛み止めの頓服薬を処方するので」と言った顔には、呆れ笑いが浮かんでいた。
診察が終わり、会計を済ませるためにロビーへと向かった。
好立地のためか、医師や医療サービスの質が良いのか、それとも事務仕事が上手く回っていないのか。昼時を過ぎているのに、ロビーには外来患者やその付き添いの人々がたくさんいた。手元の受付票と液晶ディスプレイに表示されている受付番号を見比べる。自分が呼ばれるのは、今から22番目だ。
5台ある自動精算機は、常にどれも埋まっている。最新機械の扱いに困惑するご老体が、傍らの事務員から懇切丁寧な説明を受けながら、恐々と会計を済ませていた。それが終われば、次のお年寄りが待っている。どおりで待たされるわけだ。
岳は馬鹿馬鹿しく思いながらも、仕事をサボれることには感謝した。周囲の目など気にしない方だが、あんなことを起こした手前、現場に居づらかった。何より、あの野郎と顔を合わせたくなかった。
良くも悪くも、他人にさほど関心を持たない岳にとって、勤務時間外ならまだしも、仕事中に個人的な感情を持ち出す奴とは、どうあっても反りが合わないに決まっていた。
先に喧嘩を売ってきたのは、白崎からだ。
しかも奴は、こちらの忌諱 に触れてきた。奴の言うツレの女ーー岳の中学時代の同級生とはいったい誰で、どんな経緯でそれを知り得たのか、知りたいようで知りたくなかったが、岳を瞬時に激昂させるには、あれだけで十分過ぎるほどだった。
けれども所詮、先に手を出した方が負けだ。
これまでの経験から、それをいたく痛感し、悔い改めたつもりだった。なのにまた感情に突き動かされ、こんなことになってしまった。
昔から、怒り狂うと何をしでかすか、自分でも分からなかった。
そういったところがあの男に酷似している。ひどく腹立たしく、情けなかった。
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