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2018年10月3日-8
貴久が、蒼白い顔で俯いている優一をちらりと見た。彼は、目を合わせようとしなかった。
水色のシャツに黒のジーンズ、スポーツブランドのシューズ。貴久とは対照的なラフな出で立ちで、頼りなげにそこにいる。
「……久我、お前は深く傷ついている。俺が量り知れないほどにな。けど、それはお前だけじゃない。分かってるはずだ」
優一が血色の悪い唇をきつく結び、口元を戦慄かせた。今にも泣きそうになっているのだと分かった。
……あの男の、ひと回り歳の離れた弟。
幼い頃、両親と3人で三鷹の久我家を訪ねる度に、自分の遊び相手になってくれていた、優しくてたおやかな叔父。今となっては唯一の、自分の保護者。
あの男が引き起こした事件により、人生が転落した憐れな青年。
……あの頃は、優一もまた非常に荒んでいた。
実兄の晃一が警察に捕まり、送検されて間もなく、母親が首を吊って自殺。勤めていた大手IT企業を逃げるように退職し、実家に引き篭もるようになったところに、中学3年生になる岳を引き取った父親が、心労による心不全で急逝した。そんな悲惨な状況下でまともに生きろと言う方が酷だった。
限られた者にしか分からない深い哀傷と呻吟、孤独や絶望に苛まれる中、岳との折り合いは最悪だった。転校先の中学校に一度も通わずに卒業した岳は、定時制高校に進学すると同時に、札付きの少年たちとの付き合いを深め、ほとんど家に帰らなくなっていた。たまに帰ったとしても、優一の財布から金を抜き取るくらいだった。
会話はおろか、目を合わせることすらなかった。
やがて優一は、行きずりの男を自宅に連れ込んでは、酒とセックスに溺れていった。朝から晩まで、久我家には色んな男が代わる代わる出入りし、優一を悦ばせて、愉しんでいた。
その様子を初めて目の当たりにした日から、岳はとんと自宅に寄りつかなくなった。男に身体を暴かれ、狂ったように善がる叔父を、心底軽蔑した。そして、不良仲間や街で捕まえた身持ちの悪い女の家を転々とする生活を送っていた。
そんな中で、今回の問題が起きた。
……保護者だからという理由だけで、10代の自分を引き取りに来させられ、さぞかし迷惑だろう。
それらしいことを、優一は何ひとつしていないというのに。
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