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2018年10月3日-9

「だったら尚更、消えていなくなってやる」  岳はふたりに向かって吠えた。 「警察の世話にならなきゃいいんだろ? なら、そうしてやる。てめぇらの顔を見なくて済むんだからな。コイツだって、俺がいねぇ方がいいに決まってる。邪魔だと思ってんだろ? なぁ!」 「……思ってない」 「あ?」 「そんなこと、思ってない」  弱々しい声だった。けれどもその言葉は、はっきりと岳の耳に届いた。  優一はふるふると首を横に振ると、伏していた顔をあげた。メガネが濡れ、双眸が濡れ、頬もぐっしょりと濡れていた。 「……ごめんなさい。正直、そう思う時もあった。でも、でも……俺は、君のことが大事だから……」  洩れる嗚咽の中に、降り始めの雨のようにぽつぽつと言葉が混ざる。それは岳の胸の中に落ちていき、波紋のように広がっていった。  ひどく動揺し、立ち尽くす他なかった。しばらくして、岳は底深い疑りの目で優一を睨みつけた。 「……訳分かんねぇ嘘つくんじゃねーよ。散々、俺を放っておいたくせにか? 野郎を家に連れ込んでヤりまくってるホモが。まさか、俺にまでヘンな気持ったんじゃねーだろうな」 「違う! そんなんじゃない! 君は俺の甥で、家族よ! ……だから、本当にごめんなさい……」  優一はそして、言葉にならない声を洩らして泣き始めた。それを見て、貴久は一瞬こちらに視線をやると、やっとのことで腕を離してくれた。  逃げる気は薄れていた。というよりも、足の裏から根が生え、地面に根づいたのかと思うほどに、脚が動かなくなっていた。  ……認めたくないが、優一の言葉がそうさせたのだろう。  彼の話など聞きたくもなかったはずなのに、彼が再び言葉を紡ぎ始めるのを、岳は待ってしまっていた。  涙がおさまり、メガネを外して両目を拭った優一は、30歳という年齢にそぐわない幼な顔をぐしゃぐしゃに歪め、岳を見た。  そして、痙攣する唇を薄く動かした。 「自分だけが苦しんでると思ってた。自分が誰よりも不幸だって。君を慮らずに、自分のことしか考えてなかった……ううん、最近はそれすらもどうでも良くなってた。昨日、警察から連絡がきた時も、君を迎えに行こうなんて思えなかった。むしろ、何がどうなっているのかも分からないのに、君が俺の前からいなくなると思って……死ぬ理由がまたひとつ増えて喜んでた……」  驚きも傷つきもしなかった。  あんなに自暴自棄な生活を送っていて、生への喜びや執着を持っているはずがないのだ。優一が自分のことを含め、そう考えるのも道理だと思いながらも、「なら何で、ここに来たんだよ」と岳は唸るように問うた。脈絡のなさが、ひどく気持ち悪かった。

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