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2018年10月3日-10
「大山先生が家に来て……、俺をここまで引っぱってきてくれたの……」
優一は答え、貴久をちらりと見た。貴久は頷くのみだった。優一の口からすべてを打ち明けさせようとしているようだった。
「……先生に、その……叱られて、やっと冷静になって……それで、君のことを考えた。君を家に連れて帰って……、話をしなきゃって思った。……君の言う通り、今まで何もしなかったくせに、気づいたの。俺にはまだ失うものがある、君がいなくなるのが怖いって……」
のちに貴久から聞いた話だが、当時、彼が久我家を訪ねた際、家の中には優一と、出会い系サイトで知り合ったというふたりの男がいた。そいつらを追い出した後、貴久は優一を浴室へと突っ込み、彼が身体を洗って出てきたところを、きつく叱ったという。
「久我さん。教師として……、いや、ひとりの大人として言わせてもらうが、まずは君がしっかりしろ。どんな経緯があったかは知らないが、あの子を預かった以上、君にはあの子を守る責任があるんだ。……世の中、その責任から逃れようとする大人は少なからずいる。けどな、そんな大人は、得てして子供もろとも破滅する。俺が関わった以上、君たちにそうなってほしくないし、決してさせない」
直情的に説教する貴久を、優一は最初、ぽかんとした表情で見つめていた。けれどもやがて、その顔には渋面が広がっていったそうだ。
「そのためにも久我さん、君が変わらなきゃならない。ひとりで不安なら、俺が君を支える。あの子も支える。だから、もう逃げるな。あの子とちゃんと向き合うんだ」
優一は激しくかぶりを振り、無理だ、無理だと喚きだした。その肩を掴んで、貴久は力強く言った。
「大丈夫。俺は絶対に、君たちを見捨てない。俺を信じてくれ」
大丈夫、大丈夫だから……。
かなりの時間を要したが、優一の説得に成功し、考えを改め始めた彼と共に渋谷警察署へと向かったと、貴久は肩をすくめながらも懐かしげに話してくれたのだった。
「岳、俺と一緒に家に帰ろう……」
優一はまた涙を流して、岳の腕をしっかりと取った。
「もう、男の人を家に呼んだりしない。家のことをちゃんとするし、君にとって居心地の良い場所にするから……、お願い、帰ってきて……」
……孤独だと思い込んでいた。
誰も、この胸裏を分かってくれないだろうと。
けれどもそれは、誰とも真剣に向き合おうとしていなかったからだ。
優一がまず、そのことに気づいた。そして岳は、彼や貴久の言葉によって気づかされたのだ。
誰彼構わず分かり合おうなどと、馬鹿なことは思わない。
けれども、優一となら、それができるのかも知れない。
……家族だから。皮肉にも、あの男が起こした事件がきっかけで辛酸をなめ、腐り果ててきた者同士だから。
憤りは、すっかり雲散霧消していた。
けれども、どうしようもなく決まりが悪かった。岳は無言で目を伏せ、優一の腕を振りほどきながらも、ゆっくりと歩き始めた。そんな自分の後に、優一と貴久がついてくる。
ふたりがそばで、ほっとしたように息を洩らしていたが、岳は聞こえないふりをした。
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