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2018年10月3日-12
「良かった、人違いじゃなかった……って思ったんだけど、宜しくはなさそうだな」
男は岳を心配そうに見つめながら、となりに腰を下ろしてくる。「すごい腫れてる。殴られたのか?」
「……まぁ」
決まりが悪いあまり、そうとしか答えたくなかった。それを察してくれたのだろう、男は表情をそのままに「そっか」とだけ言って前を向き、椅子にもたれだした。
男の横顔をちらりと窺う。すっきりと整った輪郭だった。髭の剃り残しなどなく、出来物ひとつない肌は、子どものようだと思う。「アンタは何でここにいんだ?」と訊ねれば、視線はそのままに血色の良い唇が左右に広がった。
「仕事。この病院、ウチの取引先だから」
そう言えばこの男、MRだったか。そういう職種があるのは知っていたが、どんなことをしているのかはイマイチ分からない。けれども、さして興味が湧かないので訊ねなかった。
「そういや、名前聞いてなかったよな。教えてもらっても?」
男は爽やかな笑みをこちらに向けてきた。「久我 岳」と答えると、漢字でどう書くのか訊かれる。スマートフォンを取り出し、メモアプリに打ち込んだ文字を見せれば、「良い名前だな」と返ってくる。世辞だろうが、その判断基準は何なのだと思ってしまった。そもそも、人名に良いも悪いもあるのか。
「じゃあ、久我くん。仕事は何してんの?」
「鳶」
「鳶職人かぁ。へぇ、すごいな」
「別にすごくねーよ」
素っ気なく返せば、男はくすりと笑ってかぶりを振った。
「あんまり知らないけどさ、高いところにのぼって作業するんだろ? 人の暮らしを支える立派な仕事だよな。建築に携わった家やビルで、色んな人が何十年と生活したり、仕事したりするんだし」
男が言っていることは間違いではないが、惜しかった。鳶職人は建築を含めた建設に携わる。建築は家やマンション、ビルなどの身近なもの、建設はそれに加えて道路や鉄道、ダムといった大規模な構築物に用いられる言葉だ。……まぁ、そんな蘊蓄 はどうでもいい。
「アンタ、恥ずかしい人だな」
岳はそう言って鼻で嗤った。「それ、素で言ってんの?」
「えっ? 恥ずかしいかな?」
「なんつーか、青臭い」
「あはは、青臭いかぁ。でも、本当にそう思ってるよ?」
むっとするわけでも、気恥ずかしそうにするわけでもなく、男は穏やかな微笑みを浮かべて言った。……百人いれば百人ともが、彼を見て爽やかな好青年だと言うだろう。きっと、この病院での評判はいいに違いない。
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