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2018年11月9日-3

 平日の夕方に父親が家にいる。普段であれば、まだ仕事のはずだ。不思議に思いながらも、「母さんは?」と訊ねれば、父親は薄い笑みを浮かべ「おじいちゃんとおばあちゃんの家に行ってる。急用で3日ほど、向こうに泊まるんだと」と答えた。  父親の顔色は、相当悪かった。体調不良で早退してきたのだろう。その時はそう思い、不審さを募らせることはなかった。   翌日、父親はいつも通り出勤し、岳は丸一日休みだったので、部活仲間と遊びに出かけた。  その日の夜だ。たまたま見ていたテレビのニュース番組が、千葉県鎌ケ谷市の山道で身元不明の女性の遺体が発見されたという速報を伝えた。  本日の午前10時過ぎ、山菜採りに向かっていた老人が第一発見者となり、「人が倒れている」と消防に通報した。救急隊が駆けつけた時には、女性はすでに死後数日が経過しており、首には絞められた痕があった。警察は殺人と死体遺棄事件とみて、身元の特定を進めているとのことだった。  船橋市と隣接する市で物騒な事件が起きた。が、岳はさほど関心を持たなかった。実家に帰省しているという母親から電話やメールがないことを、少しばかり不思議に思っていたが、まさかこの件と関連しているなんて、その時は想像もしなかった。  次の日からだ。岳を取り巻く環境が大きく狂い出したのは。  その夜、岳の携帯電話に母方の祖母から着信があった。  これまでサボっていた春休みの課題に追われていたところだった。問題集にシャープペンシルを走らせながら電話をとると、どうしてか「お母さんは?」と訊かれ、怪訝に思った。 「母さん? そっちにいるんだろ?」 「え?」  祖母は素っ頓狂な声をあげた。「お母さん、家にいないの……?」 「何言ってんだ、ばあちゃん。急用でそっちに帰ってるってーー」 「いない、帰ってきてないわ」 「……は?」 「それに何日も前から、お母さんの携帯に電話してるんだけど繋がらなくて……昨日、晃一さん……お父さんに電話した時は、『風邪で声が出ないだけで、元気にしてる』って……」  これまでにないほどに混乱していた。  何がどうなっている。2日前、父親からは実家に帰省していると聞かされていた。それを伝えれば、祖母も電話の向こうでパニックを起こしかけていた。  ……どういうことだ?  胸のうちがひどくざわついていた。母さんは今、どこにいる? 父さんは何で、俺とばあちゃんに嘘をついた? 母さんに何かあったのか? ……暑くもないのに、脇や額に汗が滲みだしていた。

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