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2018年11月9日-7
と同時に、過去の虚しい恋を思い出したくなくても思い出してしまい、暗然とした気分にもなった。
数年にわたって引きずり、最近になってようやく吹っ切れたと思っていたが、そうでもなかったようだ。
昔の男に対する恋慕は、とっくの昔に潰えている。
ただ、彼につけられた傷が癒えきっていなかった。
……思わず、深いため息が吹き出てしまい、千景は咄嗟に口を閉ざした。自分が今どこにいるのかを忘れてしまうほどに、意識がそちらに持っていかれていた。右隣にいる管理職世代の男性が、何事だと言わんばかりに横目で千景を見た。気まずくなり、小さく頭を下げておいた。
唇をやんわりと噛みながら、ぼんやりと思う。
……過去に囚われたままじゃ、いけない。
ゲイで、ヘテロの人間より困難が多いのは分かっているけど、それでも自分は恋がしたい。
人を好きになったことで深く傷ついた。それでも誰かを愛したいし、今度こそは愛されたい。
寂しさに、慣れてしまいたくない。
だからこそ久我 岳とは、爛れた関係を続けていてはいけなかった。
自らを偽り、岳を騙しながら、身体だけを繋げる。
自分がかつてされたことを、彼にしていた。自分はそれで深く傷つき、何年も前を向けずにいたというのに。
……もっとも、岳は自分の本性を知ったところで、何とも思わないだろうが。
胸がじわりと締めつけられ、痛んだ。唇を強く噛み、目を伏せる。
知らず、岳に惹かれつつあった。
もう二度と誰のことも好きになれないかも知れない。少し前まではそう思っていたが、そんなことはなかった。
喜ばしいはずだった。けれども、相手が相手だけに苦しみや諦念の方が強かった。
岳は、分かりやすい男だ。嘘をつかないというよりはつけないタイプで、自分にも他人にも正直に生きている。そんな感じがした。
捻くれ者で口は悪いが、悪人では決してない。好き嫌いがはっきりしており、取り繕うことはない。感情を素直に表に出すため、他人からの評価が真っ二つに分かれるだろう。
千景は、岳のそういった性格が気に入っていた。
他人に良く思われようと顔色を窺い、相手の意向に合わせ、時には迎合してしまう自分とは違う。何にも左右されず、まっすぐに生きているであろう彼が、千景の憧れだった。
けれども岳にとって、自分はただのセックスフレンドだ。それ以上の感情を抱かれていない。
分かっていた。ベッドの中で彼と過ごし、少なからず言葉を交わしていく中で、一縷の望みすら差し込んでいないことを。こなれた様子で千景と接しながらも、徹底して線を引いていることを。
岳は決して千景に踏み込んでこないし、踏み込まれたくもないのだろう。
それを無理くり越えてやろうと思うほど、大胆でも無神経でもない。だから、今後もずっと自分たちの距離は保たれるに違いない。
……今ならまだ断ち切れる。深みにハマっていく前に、岳への関心を断ち切らなければ。
もう二度と、不毛な恋はしたくなかった。
手の中のスマートフォンが震える。見れば、岳からメッセージが届いていた。
これから会えないか、と。
……決心は固まった。
今夜で、終わりにしよう。
千景はいつも通り二つ返事をし、スマートフォンを背広のポケットにしまった。吉祥寺駅までは、あと5駅だった。
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