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2018年11月9日-10

 岳は、顔面蒼白となっていた。  ぐしゃぐしゃに丸め、もう一度開いた紙のように表情をひどく歪ませ、彼もまた怯えるような眼差しで千景を見つめていたのだ。 「悪い、皆川さん……悪かった……アンタを傷つけるって分かって、俺……」  するりと、全身から強ばりが抜け落ちていくようだった。千景は、それしか言えないとばかりに謝罪の言葉を繰り返す岳を凝然と見つめ返した。  ……彼のこんなにも弱々しい姿を目にするのは、これが初めてだと思いながら。  岳はそれから、千景の肩にあった手をおろし、力なく項垂れた。  見れば、岳は左手に革製のベルトを握っていた。それで、千景の手首を縛っていたのだろう。  不思議と、怒りは湧いてこなかった。そうなっても誰にも咎められず、許される状況だというのに。  それよりも、千景は思ったのだ。  何のために、こんな真似をしたのか。  何があったから、こんなことになったのか。  どうして、そんなに辛そうなのか。  ……岳の胸中を、知りたかった。 「……どうしたんだ?」  涙で濡れた顔を部屋着の袖で拭い、千景は鼻声で問うた。が、萎れきった岳は何も言わない。臀部の痛みに顔を顰めながら、一度たりとも勃つことのなかった性器を下着の中にしまい込み、乱れた衣服を整える。それから、「久我くん」と名を呼び、へたりと垂れた彼の腕を掴んだ。 「……君こそ、傷ついてるんだろ?」  ひくりと、岳の身体が小さく揺れた。少ししてから、のっそりと顔があげられる。  黒い瞳が、心細げに揺れていた。  眉間に深い縦皺が寄り、口元の筋肉はぶるぶると震え、その振動が吐息にも伝わっていた。そして、青白い頬に一粒、雫がはらりと流れていった。  たまらず、千景は岳の広い背中に腕を回した。彼の身を抱き寄せ、その温もりを腕の中に閉じ込める。 「さっきのことは、気にしなくていい」  岳の後頭部や背中を撫でながら、物柔らかな声で言った。 「大丈夫だから……、大丈夫……安心して……」  肩口に、低い嗚咽が吹きかけられる。程なくして、そこがじんわりと濡れていくのを感じた。千景は岳に言い聞かせるように、「大丈夫」という言葉を繰り返した。  ……またぞろ、不毛な恋にのめり込んでしまうのだなと思った。しかも今度は、始めからそうだと分かっていながら、自らハマっていこうとしている。  思い描いた普通の恋愛からはまた、遠退いてしまった。  でも、それでも良かった。  都合の良い男としか見られなくても、振り向いてもらえなくても、どれだけ酷いことをされても、千景は岳のそばにいたいと強く思った。  放っておけなかった。彼のことをほとんど知らない上、出しゃばれる立場ではない。そうだと分かっていても、少しでも彼を支えられるのなら、いつ切れるかも分からないこの繋がりに縋っていよう。  そう決心したのだった。  静かに泣き震える岳の体温を全身で感じながら、千景は口元に緩やかな弧を描き、彼を優しく抱きしめ続けた。  そうしているうちに、歯の根が合わなかった身体は、落ち着きを取り戻していった。

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