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2018年11月11日-2
有り得ないと思った。あまりにも人が良すぎると。ただのセックスフレンドである自分に対して、こんなに寄り添ってくれるなんて。錯乱するあまり、都合の良い幻覚や幻聴に襲われているのではないかと。
けれども、肌に感じる体温や耳元で繰り返し囁かれる言葉は、確かに今、そこにあるものだった。大丈夫、大丈夫だからと言い聞かせるような涙声と、頭や背中を撫でる手に、岳の胸は潰されんばかりに締めつけられた。
自分にその資格はないと分かっていながらも、千景に縋ってしまった。
そして、警察署内の慰安室で母親の青白い躯を目の当たりにして以来、岳は静かに落涙したのだった。
……もう、会わない方がいい。
夢と現の狭間を揺蕩いながら、岳は思った。
これまで、ろくに人を好きになったことはない。けれども、はっきりと分かるのだ。胸を熱く切なく締めつけるこの感覚、鋭い痛みの中にある確かな幸福感。
これは、彼に対する思慕の情だ。
一時的な思い違いであってほしかった。
けれどもそれは、2日経った今でも消え失せることはなかった。むしろ心中で、どんどん膨れあがっており、岳はひどく戸惑っていた。
このままではいけない。あの人との関係を断たなくては。
でないと、この感情は間違いなく、これからも育まれてしまう。あの人を求めてしまい、手放せなくなってしまう。
そうして、二度と立ち直れないほどの苦汁を嘗めることになるだろう。
そんなの、嫌だ。
けれども、岳の心は振り子のように揺らいでいた。
……もしかしたらあの人なら、俺のすべてを受け容れてくれるのではないか。一生背負い続ける俺の過去を、忌々しき血縁を、どうしようもないこの性質を、十数年来の生傷を、あの暖かな腕で包んでくれるんじゃないか。
心に硬く巻きつき、どうあっても解かれないでいる鎖から、解放してくれるんじゃないか。
振り子が、もう片方に振れる。
いや、そんな都合の良いことがあるわけない。あれだけ懐が深くても、俺について知れば知るほど、戸惑い、拒むに違いない。妻を殺した不貞夫の子で、そいつに似て、感情が昂ると手がつけられなくなる奴など、何があっても願い下げだろう。
……そもそも、あちらは俺のことを、ただの都合の良い男としか見ていない。俺との繋がりを、造作もなく切れるはずだ。
やはり、深手を負う前に、気持ちを捨て去った方が……ーー
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