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2018年11月11日-5

「職場の人か?」 「違う」 「じゃあ、誰?」 「……知り合い」  そうとしか、言いようがなかった。 「ひょっとして、トーラス製薬のMRくんか?」  ドキッとした。どうしてそれを、と思ったが、そうか。優一から聞いたのだろう。以前の、脱衣所での自分たちのやり取りについてを。  小さく頷けば、貴久は少し驚いていた。が、すぐに表情を柔らかくし、「そうか、続いていたのか」と嬉しそうに言った。 「続いてたっつっても、そういうんじゃねーよ」 「気軽に気楽にって関係だろ? あまり良いとは思えんが、継続して会ってるってことは、少なからず相手に関心があるんだな」 「ちょっと前までは、そんなことなかった」  岳は部分的に否定した。「傷つけたのに、逆に俺が慰められて、それからだ」  そう言って、おのずと舌打ちが出た。改めて己の愚行に苛立ち、それから胸が苦しくなった。 「傷つけたっていうのは?」 「……身体的にも、精神的にも」  問いかけに対し答えるまでの()で、あれこれと察してくれたのだろう、貴久の表情が途端に険しくなった。「何でそんなことを」  岳は、麻布十番駅近くですれ違った男女の話をし、やり場のない怒りをぶつけるために、千景に強姦をはたらいたことを打ち明けた。貴久は「何てことを」と言わんばかりに頭を垂らし、かぶりを振った。 「本来なら、警察に被害届を出されてもおかしくないぞ。それほどのことをしたんだ、お前は」 「分かってる」  岳はそう言い、戒めるように唇を強く噛んだ。そうだ、自分は立派な性犯罪者だ。そうなってもおかしくないことを、千景にした。  程度や内容は違えど、またぞろ父親のように、道を踏みはずしたのだ。 「なのに、向こうは許してくれて、俺に寄り添ってくれた」  それで、好きになった。  馬鹿みたいに単純な上に、許されないことだと思った。そうだ、自分はあの人を好きになってはいけない。自分に、その資格などあるはずがない。そう考え、気持ちが底へ底へと沈んでいく……。 「MRくんに、すべて話したのか?」 「話せるわけない」  岳は荒っぽい声で即答した。「襲ってきた相手が人殺しの息子だって知ったら、アンタどう思う? 怖くて逃げたくなるだろ」 「つまり、彼が離れていくのが怖いんだな」 「あ……」  ずばりと言い当てられ、言葉に窮した。貴久の表情は依然、厳しいものだったが、口調は至って落ち着いていた。

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