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2018年11月11日-6

「俺の場合は、生徒が暴力沙汰を起こしたって言うんで慌てて自宅を訪ねたら、保護者としての責任をほっぽり出して、男たちと淫行三昧な人間だったな」  ……誰のことか、訊ねるまでもなかった。 「……アンタは、どうやって優一を受け容れた?」  貴久は考え込むように目を伏せ、「うーん」と唸った。 「どうやって受け容れた、か……そうだな。今だから白状するが、最初はアイツの顔が好みだった」  ……自分から訊ねておいて、こんなことを言うのも何だが、「心底どうでもいい話だな」 「まぁ聞けって。それから、お前のことを通してアイツと関わっていくうちに、今度はあの危うさに惹かれていった。根が真面目な分、お兄さんの件で潰れるところまで潰れて、ああなってしまったのを知って、支えたいと思ったんだ。それに、真面目だけどしっかりしてなくて、しょっちゅうあれこれと思い悩んではどツボにはまって、心配性で、そういうダメなところを見れば見るほど、放っておけなくなった。……そんなところだな」  ……しっかり者ほど、ダメな人間に引っかかる。よく聞く話で、よくある話だ。  けれども、8年ほど前から交際を始め、高校卒業と就職を機に久我家を出て行った岳と入れ替わるように、貴久が優一と暮らすようになってからずっと、ふたりは穏やかな日々を過ごしている。特に優一は、貴久と親密になってから、人が変わったかのように生き生きとし始めた。  あの暴力沙汰の後、社会復帰を目指すことになった優一に、貴久が現在の職場ーー国分寺駅前の書店を斡旋した。知人である店長に事情を説明し、「大山くんの頼みなら」と優一の雇用を快諾してもらったという。  以来、優一は書店員として真面目に働いている。収入は少なく、シフト制で休みは不定期だが、「やりがいはあるし、新刊を社割で買えるから嬉しい」らしい。何より、店長と貴久への恩義が彼をそうさせていた。  加えて、貴久の手を借りながらも家事をすべてこなし、祖父母が遺した貯金や資産を管理し、例の事件やそれに付随する悲惨な出来事以来、互いに距離を置いている近所との付き合いも、必要最低限ではあるが努めていた。  頼りないながらも、優一は自らの足でしっかりと立ち、久我家を守っている。  貴久に支えられ、そして貴久を支えている。  自立と信頼で成り立った関係だからこそ、できることだ。  貴久の左手薬指には、指輪が嵌っている。交際5年の記念に優一とお揃いで買って以来、互いに一度も外さずにいるそうだ。  彼らの在り方を幸福と言わずして、何というのか。岳には分からなかった。

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