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2018年11月11日-7
「というわけだ。お前はもっと、自分のことを知ってもらえ」
人々を教え導く者らしい、筋の通った口調で言われた。思わず、渋い表情を浮かべてしまったが、貴久はお構いなしだった。
「父親が妻を殺し、遺棄した罪で服役していた。父親に似て、キレると何をするか分からない。……ゆうがそうであるように、それだけでお前が成り立っているわけじゃない。お前という人間をはかることはできない。お前のすべてを見せて、相手に委ねてみればいい。それと、直すべきところは直す努力をする」
無理だ、と口に出さずとも、顔にありありと現れていたのだろう。貴久の表情が苦く緩んだが、すぐに磊落 な笑みに変わった。
「よし。まずは、食事だな」
「……は?」
「この前のお詫びも兼ねて誘ってみたらどうだ? これまで行ったことは?」
「……ない」
岳は冷め始めたポトフに視線とため息を落とした。千景とは、初めて出会った渋谷のゲイバーで少し飲んだくらいだ。一緒に飯を食うなんて、考えたこともなかった。
「じゃあ、そうしよう」
何故か、貴久が張りきっていた。「それから、映画に行くのもいいかもな。あと、俺の車貸してやるから、ドライブデートしたりーー」
「いや、無理」
今度は口に出た。金槌で打たれたような頭痛に顔を顰めながらも、頭を左右に振る。「ぜってぇ無理」
「セックスは簡単にできるのにか?」
明け透けに言われ、ぐっと言葉に詰まった。……それはそうだ。けれども……。
「何もしないで燻っていても、仕方ないぞ」
貴久はそう言って、腰をあげた。
「どう転ぶかはやってみないと分からないし、簡単なことじゃないっていうのも分かる。それでも、MRくんと深い関係になりたいなら、勇気を出して行動するしかない。そこはお前次第だな」
飯、まだ食うなら後でまた来るが、と言われ、かぶりを振った。結局、スープさえもあまり飲めなかった。が、胃袋はぽかぽかと温まり、少しばかり調子が良くなったと思う。
岳の食べさしを持って、貴久が部屋を出て行こうとする。「先生」と、岳は彼を呼びとめた。教師ヅラをするなと言ったくせに、いまだに彼のことはそう呼んでいる。それ以外に呼びようがないのだから、しょうがない。
貴久がドアの前で立ち止まり、顔だけをこちらに向けてくる。
「面倒かけて、悪かった」
素直に謝れば、彼は明朗に笑い、「気にするな」と言って部屋を出て行った。
足音が遠ざかり、静けさが戻ってきた。岳はスポーツドリンクを少し飲み、横臥した。
それから数分、スマホの画面とにらめっこしながら逡巡に逡巡を重ね、覚悟を決めた。テキストチャットアプリを起動する。
『この前は悪かった』
まずはひと言、謝罪のメッセージを入れた。
数分後、返信がきた。
『気にしないで。元気になった?』
ディスプレイに指を滑らせる。
『なった』
『なら良かった』
文章を打っては消し、打っては消し……。それを何度繰り返しただろう。ええいままよと、岳は半ばヤケになって打ち終えたメッセージを送信した。
『今度、メシ奢らせて』
千景からの返信は早かった。
『そんな、気を遣わなくてもいいよ』
……暗に、こちらの誘いを断ろうとしているのだろう。それもそうか。自分をレイプした男と食事なんて、したくないに決まっている。
そもそも、千景は今後も、自分と会ってくれるのだろうか。このまま、フェードアウトされるのではないか。……そうなっても仕方がないことを、彼にはした。それなのに、彼と深く交わりたいと願うのは、やはり虫が良すぎるのだ。
そう思い、鬱々とし始めた時だ。
チャットルームに新着メッセージが届いた。伏せていた目をあげれば、昏い気持ちが一気に吹き飛んでしまった。
『でも、ご飯には行きたいよな。行ったことないし。割り勘でいいから行こうか』
笑顔の絵文字つきだった。胸が暖かくなり、ふわふわと高鳴る。
千景はいったい何を思って、こちらの誘いに乗ってくれたのか。てんで分からないが、それは千景のみぞ知ることだ。何も考えないでおこう。
とにかく、まずは一歩。これで踏み出せただろうか。
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