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2018年11月14日-2
「なぁ、本当に俺が店決めて良かったのか?」
重いワインを飲むと、身体がニコチンを欲してくる。千景も胸ポケットから煙草とライターを取り出し、火をつけた。煙草は昔から1日に1本、吸うか吸わないか程度で、今日はこれで1本目だった。
「あぁ」と、岳は頷いた。「俺、こういう洒落ててメシが美味い店、全然知らねーから助かる」
「そう? なら良かった」
「アンタ、詳しそうだし、行き慣れてそうだし」
千景は柔和に笑って、かぶりを振ってみせた。実際、そんなことはない。こんなハイセンスな店に、プライベートではまず行かない。中年男性の憩いの場のような酒場で、漬け物とモツ煮込みをつまみながら芋焼酎のお湯割りを飲んでいるのが、本来の自分だった。
「でも、本当に気を遣ってもらわなくて良かったのに」
千景はそう言って、煙草を咥える。「俺はまったく気にしてないし、これからも気楽にやっていこうよ」
それから、指でつんつんと、岳の手をつつく。すると岳は何故か、気難しい表情になった。
あれ、と千景は内心、狼狽える。何か、まずいことを言っただろうか。目元や口元の笑みは崩すことなく、けれども表層下では、冷や汗をたらりと垂らした。
岳は口をへの字に曲げたまま、赤ワインを飲み、グラスを空にする。それから、ふーっと息を吐き、ぼそりと口を開いた。
「……この前の詫びと礼でも、当然あるけど」
「けど?」
岳は依然むすっとした目顔で、こちらを見つめてくる。
「アンタと話がしたかった。こうやってメシ食いながら、普通の話を……」
胸がやわく締めつけられ、頬にぼうっと熱がともるのを感じた。千景は咄嗟に、けれどもさりげなく相手から視線をそらした。
……違う、ちがう。勘違いするな。
久我くんの言葉に、深い意味はない。真に受けて、浮かれちゃダメだ。それで昔、痛い目にあったんだろ、俺。しっかりしろ。
久我くんに、そんな気はないんだ。
平静を装い、煙草を吹かせる。頬の火照りが少しばかり引いてきたので、千景は唇を左右に広げた。
「俺も昔、色々あって、長い間立ち直れなかったんだ」
6年前、恋人だと思っていた男に裏切られ、ひどく傷心し、もう二度と人を好きになれないと心の底から思わされ、すっかり臆病になってしまった。
時間はかかったが、前を向いて生きていけるようになってきた。
そして、久しぶりに恋をした。
成就することは決してないだろう。そう思うと胸がとても苦しくなるが、誰かに想いを寄せることへの喜びを、千景は深く噛みしめていた。
「俺の場合は、誰にも相談できなくてさ……もし、久我くんもそうだとしたら、俺で良ければいくらでも話聞くから。もちろん、普通の話も何でもしよう?」
ただのセックスフレンドが、どこまで踏み込んでいいものか。いまいち分かっていないが、千景の立場だからこそ気軽に吐き出せることがあるかも知れない。
少しでも岳の助けになれるのであれば、何だってしたかった。
「……アンタ、優しいな」
岳がわずかに相好を崩した。「俺だったら絶対に、そんな風にはなれない」
「お人好しってよく言われる。じゃあさ、何から話そうか?」
岳の淡い笑みにつられ、千景もくすりと笑った。頬杖をつき、首を少し傾げながら相手の瞳を見つめる。
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