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2018年11月14日-3
それからは、好きなことや趣味、仕事の話など、飲食するのをほとんど忘れるほどに語り合った。
ふたりとも甘党であること、身体を動かすのが好きだということ。岳は職業柄、高い場所によく登るため、都内の何処そこの景色が気に入っているということ、毎年冬に富士見のスキー場へ足繁く通い、ひねもすスノーボードで滑っていること。千景は「今の世の中に必要不可欠なモノやサービスを売る仕事を通じて、社会貢献したい」というありきたりで漠然とした動機を基に就職活動をし、最初に内定が出た今の会社で働いていること、文系出身だったため、医薬の知識を身につけるのに猛勉強したこと……。
時間はあっという間に過ぎていき、気づけば腕時計の針は22時前を指していた。
会計を済ませ店を出ると、案の定、店内との寒暖差に身を震わせることとなった。
すっかり、空気は冷えていた。どこか、冬の気配を感じさせる侘しい冷気だった。千景はわずかに肩をいからせながら、背広のポケットに手を入れ、長い息を吐き出した。
今夜はそれほど酒を飲まなかったので、ほとんど酔っていない。けれども、身体の芯がそこはかとなく熱かった。
岳がそばにいると、肉体がおのずと期待してしまう。
先週、あんなことがあったのに。浅ましくも素直なものだと、胸のうちで苦笑した。
「……どこか、近くのホテルに行く?」
駅へと向かうすがら、となりを歩く岳にだけ聞こえるほどの声量で、千景は妖しく誘ってみた。「ここからだったら、新宿まで出た方がいいかもだけど」
「いや、今日はやめとこうぜ」
その一言に、思わず足が止まりかけた。「えっ」と声が出て岳を見れば、彼はいささかばつの悪そうな表情を浮かべながら、視線を前に向けていた。
「身体、俺のせいで調子悪いだろ?」
「……それは」
確かに、そうだった。毎晩、市販薬を塗布しているため、裂傷箇所は治りつつあるが、ふとした時ズキっと痛む。今の状態で本番行為まで及んでしまえば、傷の治りが悪くなる上、痛いに違いなかった。
それでも千景は、岳に抱かれたかった。
「それに、明日も仕事だしな」
そう言って、岳は少しだけ歩調を速めた。……今夜の彼に、そんな気はいっさいないのだと分かった。こちらに気を遣ってくれていることも、しっかりと伝わってくる。
……それを、無下にしてはいけない。
今日はおとなしく、帰ることにしよう。
「来週末は、予定あんの?」
「……へ?」
ふいにそう訊ねられ、間抜けな声が出てしまった。まずい。千景は努めて穏やかな口調で「土曜日に、ジムで泳ぐくらいかな?」と答えた。
「さっき、観たい映画があるって言ってただろ?」
一歩、自分の前をゆく岳は、ほんの少しつっけんどんな物言いだった。「あぁ」と、千景は頷く。世界的に有名な映画監督が手がけたファンタジー映画が、今週末から公開されるので観たいと、確かに言っていた。
「一緒に観に行かね?」
「……いいの?」
ピアノの鍵盤を軽快に押したように、心が飛び跳ねるのを感じた。内から広がる歓喜を抑えつけながら、千景はそろりと訊いた。
岳の表情は見えない。けれども、さっきよりは丸みのある口調で言葉が返ってくる。
「アンタの話聞いて、俺も観たくなった」
……もし、今夜の食事やこの誘いが、先週の件の清算だとすれば、そんな風に考えてもらわなくていいのに。久我くん、ただのセフレに対して、サービスが過剰じゃないか?
でも、一緒に映画を観れるのは、すごく嬉しい。
心が躍る。ダンスパーティーに参加する欧米人ばりに。
けれども、それを表に出してはキャラクターが崩れてしまう。千景は涼やかで余裕たっぷりの微笑を作り、岳の後ろ姿に向かって言った。
「予定、空けておくよ」
それでも顔は火照っており、頬がだらしなく緩みそうだった。……だから、どうか振り向かないで。今だけは、俺を見ないで。そう強く願った。
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