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2018年11月23日
本日、11月23日金曜日は勤労感謝の日で、千景も岳も仕事は休みだった。ふたりとも予定が空いており、かつ件の映画の公開初日だったので、会うことになった。
昼過ぎに有楽町駅で待ち合わせ、千景は岳と共に近くの映画館へ向かった。事前にチケットを購入していなかったため、席が空いているか心配だったが、運良く後方の座席に横並びに座れた。
スモールサイズのキャラメルポップコーンをふたりで摘み、アイスコーヒーを飲みながら、千景はスクリーンに映し出される幻想的で壮大な映像に観入った。時折、となりに座る岳に意識が向き、ちらりと横目で窺っては、鋭く整った横顔に心音が高まるのを感じた。
……好きな男性と映画を観るのは、生まれて初めてだった。
昔の男とはいつも、千景が当時暮らしていた大阪市福島区のマンションで睦み合うだけだった。休日にデートすることも、相手の自宅に遊びに行くことも、連休を利用して旅行することもなかった。
だから今、千景は密かに浮かれていた。
叶わぬ恋だと落胆しながらも、嬉しくて楽しくてしょうがなかった。
上映後、ふたりは館内のフードコートでもう一杯コーヒーを飲みながら、映画の感想を言い合った後、他愛のない話をして過ごした。周りの客がコロコロと入れ替わる中、2時間以上はいただろうか。映画館を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
今夜こそは、と千景は内心意気込み、まずは岳を飲みに誘った。それに応じてくれた彼を連れて、これまた会社の接待で利用した小粋な創作居酒屋へ行き、飲食しながら、この後のことについてそれとなくアピールしてみた。
けれども今夜も、岳はなびいてくれなかった。「これから、寄るところがある」と言って、21時過ぎには帰ろうとしていた。
「友達の家?」
「違う。……実家」
それを聞いて、安心した。前に、千景以外とは寝ていないと岳は言っていた。けれども今は、他にそういった相手がいて、彼女ないし彼に会いに行くのだろうかと疑ってしまったからだ。
それでもいるのかも知れないが、詮索はしなかった。自分が岳を独占することも、岳に抱かれているであろう見知らぬ男女に嫉妬することも、できる立場ではない。分かっている。
「実家って、都内?」
「三鷹」
「へぇ。じゃあ、俺の家から近いな」
「だな」と、岳は珍しく穏やかな表情で頷いた。きっと家族仲が良く、居心地の良い家庭なのだろう。
果たして彼は、父親似だろうか、母親似だろうか。機会があれば訊いてみようと思った。
「それより、来週も予定空いてたら、飲みに行かね?」
「……ん?」
店を出ようと荷物を手にした時だ。岳からそう言われ、千景はぽかんとしてしまった。が、すぐに心臓は心地よく跳ね上がり、顔いっぱいに笑みが溢れた。
「行きたい。いいな、行こう」
応諾したものの、平日のアフターファイブは接待や久々の同期会、営業報告会の資料作成などの予定が詰まっていた。「空いてるとしたら、日曜日。丸一日、暇してると思う」と手帳をめくりながら答えれば、「なら、昼から飲むか」と岳はにやりと笑った。
「いいよ。昼飲みできる店、探しとくよ」
「楽しみにしてる」
12月2日、日曜日。久我くんと昼飲み。そう手帳に書き込めば、頬がだらしなく緩みそうになる。
不毛な恋に、希望も期待も抱いてはいけない。そう自戒していても、心はおのずと舞い上がってしまう。
どうしようもないな、と頭の片隅で自嘲しながら、千景は涼しげな微笑を岳に向けたのだった。
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