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2018年12月2日-2

 あっという間に日没となり、鈍色がうっすらと溶け込んでいた街並みは、どっぷりとした濃紺色に染めあげられていた。星や月が雲に覆われ、姿を見せない代わりに、建物の明かりが暗闇を照らし、雑踏を見下ろしているようだった。  恵比寿駅近くの立ち飲み屋を出て、千景はわずかに覚束ない足取りで、岳と並んで歩き始める。……色んな種類の、色んな度数の酒を何杯も飲んだ。そこまで酒に弱くないと思っているが、今日は流石に酔った。身体の内側がぼうっと熱く、頭の中に浮遊感が漂っている。顔の筋肉は緩み、気を抜くとへらへらと笑ってしまいそうだった。  一方の岳は顔色ひとつ変えず、淡々としたものだった。酒仙(しゅせん)で、ごく稀に参加する会社の飲み会では、同僚を酔い潰してはニヤニヤとしているほどには性根が悪いと言っていた。それは、あながち冗談ではないのだろう。失礼だが、そんな光景がはっきりと目に浮かぶ。 「平気か?」 「……あぁ、うん」  けれども今の岳は、少しばかり心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。別の意味で、顔が熱くなりそうだった。誤魔化すべく、愛想笑いを岳に向けた。 「ちょっとだけ酔ってるけど、すごく気分がいいよ」 「……そうか」  そう言って、岳はふいっと前を向いた。そうして、駅の方へと歩いていく。  ……今夜は、どうなんだろう。  胸に淡い期待を灯していた。あの夜が訪れるまで、週に一度は必ず会い、肌を重ねてきたのに、もう3週間も岳に抱かれていない。そのことに寂しさと切なさを覚えていた。  ふたりで飲んで会話を紡ぎ合うのも、千景にとっては幸福だった。けれども、思っていた以上に、身体は浅ましかった。岳によって何度となく刻まれた快感を思い出し、腰のあたりが疼いた。あの悦びを全身で、心で感じたくて、うずうずしてしまう。  ……岳は、どうなのだろう。  あの夜の件で負い目を感じて遠慮しているのなら、やめてほしかった。確かに怖かったし、身も心も傷ついた。けれども、それらを上回るほどの恋慕が、千景の胸にはあるのだ。  それを、岳は迷惑に思うかも知れない。だから決して、この想いは発露させない。させないから、自分に触れてほしかった。 「ーー……さん、……皆川さん」  はっとして、意識をとなりへと向ける。岳が硬い表情でこちらを見ていた。 「やっぱ、しんどいんじゃねーの?」 「いや、全然。むしろ気分がいいくらいだ……ちょっと考え事をしてただけ」  酒くさい吐息を混ぜて答え、さりげなく岳の肩に寄りかかってみる。色じかけ、などと言うにはお粗末だろうが、酔っているため、普段より抵抗なく岳にスキンシップができた。  岳がひくりと肩を強ばらせたのが伝わってきた。それからふわりと、服に付着した煙草のにおいが漂ってくる。

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