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2018年12月2日-6

 そのためには、中途半端なことはしたくなかった。千景からの誘惑を拒み続けていたのは、岳なりのけじめだったのだ。  ……それが今日、呆気なく崩れかけてしまったが。  けれども、キスだけで踏みとどまることができたのは、最中に薄目で確認した千景の表情が、ガチガチに強ばっていたからだ。3週間前の夜を思い出し、怯えていたのだろう。  自らの愚行のせいで、彼にトラウマを植え付けてしまっていた。 「あのことは気にしてない」「大丈夫だから」と千景は言っていたが、そんなわけがなかったのだ。そうだと分かった瞬間、罪悪感が胸中に溢れ返った。それから、身体の奥で燃えるように昂ぶっていた情欲は鎮まり、考えや思いが千々に乱れだした。それをどうにかするため、浴室に篭ることにしたのだ。  ……すべてを述懐すれば、千景をまた怖がらせるかも知れない。  躊躇いがないと言えば、嘘になる。拒絶され、繋がりが切れる恐怖もあった。  けれども、これまでのように何も明かさず、千景とあやふやな関係でいるより、自分にも彼にも正直でありたかった。  今までは、他人と一線を引き、刹那的な関係ばかりを築いてきた。  恋など、自分にはまったく無縁の感情だと思っていた。  淡泊な性格な上、そんなものを抱けば地獄を見ると決めつけていた。昏い過去に雁字搦めに縛られた自分が、人並みに恋愛を楽しみ、幸福を見いだせるわけがない。どうしようもなく怯え、煩悶し、時に父親への怒りを噴出させ、最後には自己嫌悪に陥り、滅茶苦茶になってしまうだろう、と。  そのくせ、貴久と穏やかな日々を過ごす優一を密かに憧憬し、妬んでいた。  絶望の淵にいた優一を救い、愛した貴久と、彼と生きていくために這いあがった優一を間近で見てきて、自分だけが取り残されたように感じた。決して孤独ではないのにそう思ってしまい、胸のうちが索漠(さくばく)としていた。  こっぱずかしくて口にはしないが、本当は自分だって、誰かに想いを寄せ、誰かを愛し、その誰かの特別になりなかったのだ。  27歳。この歳になって初めて、心の底から人を好きになった。  だからこそ悔いのないように、千景に自分のすべてを知ってもらおう。  結果がどうであれ、後悔することだけはきっとないはずだ。  シャワーを浴び終え、濡れた身体を手早く拭き、服を着て部屋へ行けば、千景はこちらに背を向けベッドに腰かけていた。アウターは着たままだった。 「皆川さん」と呼べば、彼はゆっくりとこちらを振り向く。……その表情はなぜか昏く、深く沈んでいたので、驚いた。自分がシャワーを浴びている間に、何かあったのだろうか。 「どうかしたのか?」  そう訊ね、千景のそばへ行こうとすると、ぷいと顔を背けられた。さらには「ごめん、来ないで」と強い口調で言われ、岳は思わず足を止めた。 「……何」 「ごめん」  再び、謝られてしまった。千景はふるふるとかぶりを振ると、両手で顔を覆い、項垂れた。  ……いったい、どうしたというのだ。困惑していると、千景は重々しいため息をつき、そしてどこまでも沈鬱とした声で言った。 「もう、君とは会えない」 「……は?」 「今日で、ぜんぶ終わりにしよう」  ……目の前が真っ暗になりそうだった。

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