61 / 99
2018年12月16日-4
ボトルから口を離し、ふっと息をついたところで、となりに人が座ったのを気配で感じた。ボトルの蓋を閉めながら、ちらりと横目で窺えば、スポーツ刈りの大柄な中年男性がいた。
灰色の長袖シャツに黒いスウェットという身軽な服装の彼は、黒のダウンジャケットとアウトドアブランドのショルダーバッグを膝に乗せていた。かなり、体格が良い。現役のスポーツ選手ーー例えば、ハンマー投げや投擲 、あるいはラグビーやアメフトを長年やっている人間特有の、上質で厚い筋肉が、バランス良く全身についている。
屈強な体躯だが、威圧感はなかった。彼がふわりとまとう朗らかな雰囲気のためだろう。朴訥とした顔には柔和な笑みがうっすらと浮かんでおり、不思議な愛嬌を感じる人だった。浅黒い肌の色ツヤはとても良い。トレーニング終わりなのだろう。
「……ここには、よく来るの?」
何気ない人間観察を終え、さりげなく視線を前に戻そうとしたところで、相手から出し抜けに声をかけられた。太い芯が通ったような低音で、暖かみと落ち着きがある一方、思わず背筋がピンと伸びるような硬さを、そこはかとなく響かせる声だった。
少し驚きながらも相手に目顔を向ければ、彼も人当たりの良い笑みをそのままに、千景を見た。……学校の先生か、少年サッカーチームのコーチ、といった感じだろうか。とにかく、指導者然とした男性だった。
と同時に、彼もこちら側の人間……ゲイだと直感した。
根拠はないが、不思議と察してしまうのだ。これまでもたまに、そういった男性から声をかけられることがあった。相手も、千景がゲイだと見抜いて、ナンパしてくるようだった。
こういう時は、適当に話を合わせながらもかわすのが一番だ。「そうですね」と愛想よく答え、千景はまたスポーツドリンクを口に含んだ。
「ということは、常連?」
「ええ」
「へぇ、そう」
相手は笑みを深くした。「俺は今日が初めてだ。このジム、すごく良いな。設備は新しいしメニューも充実してて、利用しやすい」
「そうですね。僕もそう思います」
……さっきから、何となく既視感があるなと思っていたら、そうだ。
この人、熊みたいだ。失礼ながら、そう思ってしまった。のっぺりとした面立ちといい、垂れ下がった細い目といい、大きな鼻といい、とてもよく似ている……ーー
ともだちにシェアしよう!