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2018年12月16日-5
「あ。いま俺のこと、熊みたいだって思っただろ?」
「……えっ!」
相手の言葉に、裏返った声が飛び出てしまった。千景はそれから、相手を凝視する。
心を読まれた……? それとも、声に出ていた? いや、そんなわけないか……。
動揺する千景をよそに、相手は愉快げに笑う。
「そうなんだよ。俺さ、生徒からも《クマさん》って呼ばれてるし、ツレにもよく言われるんだ。自分では、あまり似てないと思うんだけどな」
「へ……、へぇ……」
そうなんだ。それに生徒ってことは、やっぱり指導者か……。
と思うと同時に、反応に困ってしまった。こんな時は、当たり障りのない笑みを浮かべるに限った。
対する《クマさん》は、うっすらと髭が生えた顎を撫でながら、依然楽しげに笑っている。
「まぁ、そんな話は置いといて……、やっと会えたよ。皆川 千景さん」
我知らず、目を見開いた。それからまた、「えっ?」と声がまろび出る。
なんでこの人、俺の名前を知ってるんだ?
初対面だと思っていたが、ひょっとして以前、どこかで……?
眉をぎゅっと寄せ、記憶を遡ろうとしたところ、《クマさん》は太眉を下げながらも、口元に笑みを浮かべ続けていた。
「あぁ、いや。ストーカーとか怪しい奴じゃないから、安心してくれ……ほら、岳が世話になってたみたいで」
……全身が、まるですべて骨になったかのように固まった。
なのに、心臓だけは荒れた道をゆく車のように、ガタンと大きく揺れたのを感じた。
久我 岳のことを言っているのだと、即座に分かった。
報われないと分かっていながらも想いを寄せ、それでも心のどこかで望みを抱いていた、彼のことだと。
けれども結局は、曖昧な関係のまま、繋がりを断ち切った相手のことだと。
硬化した身体が、今度はかすかに戦慄き始めた。胸のうちがざわついてしょうがない。……できることなら、この場から逃げ出したかったが、動ける状態ではなかった。
「自己紹介が遅れたな」
ひどく混乱しているのが、表層にもはっきりと出ている千景に対し、《クマさん》は鷹揚としたものだった。こちらの反応は、想定済みだったのか。それとも、何事にも動じない性格なのだろうか。いずれにせよマイペースに、言葉を続ける。
「俺は大山 貴久。職業はこれでも一応、定時制高校の社会科教師。……久我 岳はかつての教え子で、俺のツレの甥っ子だ」
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