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2018年12月24日-10

 三鷹駅までの決して遠くはない道のりを、岳と千景はゆっくりと歩いていた。  来た時よりもさらに静かになった住宅街には、ふたりと、時折すれ違う人の足音がいやに響き、目抜き通りの方からだろうか、乗用車が走り抜けていく音が小さくだが聞こえてくる。  それから、寒々しい夜風のひ弱な声。あちこちの家が色とりどりに着飾っていても、それがどうしたと言わんばかりの物寂しさだった。 「……あの、本当にごめん」  ふたりの間に流れていた、重苦しくはないが、決して居心地がいいとも言えない微妙な沈黙を、千景がおそるおそる破ってきた。 「俺の勝手な思い込みで、君を傷つけてしまった」  ダウンジャケットのポケットに手を突っ込みながら、岳は何も言わず歩き続ける。……確かに、どうしようもなく傷心していた。だから今こうして、千景と共にいる。いることができていた。  けれども、正直にそうだと言えないのが、自分だった。捻くれていて、素直でない。本当は誰よりも弱いくせに、そういった部分を人に見せるのを(いと)う。変に自尊心が高く、気難しく、自分自身でさえ扱いに困っていた。 「そのことを、大山さんと優一さんから聞いてーー」  咄嗟に、大きな舌打ちが出てしまった。ダメだと分かっていても、それ以上は言わないでほしかった。  千景はかすかに怯えた表情を見せ、言葉を飲み込むと、そのまま黙ってしまった。……そんな顔をさせたくなかったのに、またさせてしまった。これでもう何度目だろう。自己嫌悪と、彼に愛想を尽かされるかも知れないという恐怖が、蟻の群れのごとく胸のうちで這い回る。すき焼きやビールで満たされた胃が、ぞわぞわとした不快感に襲われる。  ……ダメだ。ダメだ、ダメだ。  このままではいけない。変わらなければ、勇気を出さなければ。  こんなどうしようもない自分と向き合う覚悟を決め、会いに来てくれた千景に、伝えなくては。 「どこまで聞いた?」  そう訊ねれば、千景がちらりとこちらを見た。依然、おじおじとした目顔だった。けれども、黒々とした瞳は、まっすぐに岳に向けられていた。 「君のご両親のこと。事件の後、君や優一さんがどんな人生を送ってきたのか。……詳しく知りたいなら、本人に聞いてくれって言われてる」  ……優一が、千景に話したのだろう。  思いのほか、冷静に受け止められていた。先ほどのように取り乱すことはなかった。

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