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2018年12月24日-12

 それで情緒が不安定だったこと、麻布十番駅の近くで不倫カップルとすれ違ったことで、なおさら父親のことを思い出し、その憤懣(ふんまん)を千景にぶつけてしまったこと。  それから岳は、12年前の事件について、自らの視点で語った。心に痛みと苦しみを覚え、湧きあがってくる怒りや憎しみを抑え、そしてその奥に広がる哀しみと虚しさを見つめながら。  父親への憎悪は、彼への愛情が覆ったからこそ生まれた。  彼に手酷く裏切られたのは、浮気されていた母親だけではない。息子の岳だって、そうだった。  母親の死は、埋めることのできない喪失感を岳の胸に滅茶苦茶に刻んだ。  なんで、こんなことになった?  なんで、母さんは死んだ?  なんで、父さんは母さんを殺した?  なんで、父さんは不倫した?  ……なんで、ふたりは俺を置いていなくなった?  少年時代の自分の声が、胸底で悲痛に響いている。何度も、何度も。……自らの問いかけに、岳はずっと答えられずにいた。  すべてを話し終える頃には、膝の上で組んでいた手先はすっかりかじかみ、寒さも何も感じなくなっていた。  黒のレザースニーカーには、どこからともなく運ばれてきた枯れ葉の欠片がいくつも張りついている。それを靴裏で払った後、岳は千景を見た。  千景は静かに、話を聞いてくれていた。  彼のシャープな鼻先は、寒さのせいで赤くなり、逆に頬の赤みはひいていた。長話に付き合わせてしまったことを申し訳なく思いながらも、岳は話を続ける。 「いまだに、親父が憎くてしょうがない。親父のことを許せるほど、俺はできた人間じゃねぇし、お袋のことを考えて辛くなってばかりだ。時間が解決してくれるほど、生易しくねぇんだなって思わされる」 「……そうか」  千景はそう呟くと、少しの間、沈思した。それからふいに、苦みを滲ませた微笑をふっと浮かべ、レザーの手袋をはめた手を弄びだした。 「その気持ち、俺も分かるな」 「……え?」 「時間が解決してくれるってよく聞くし、実際にそうだなって思うこともあったけどさ。何年も引きずってるせいか、一生このままな気がしてきて、憂鬱になること、俺にもあったよ。今はもう吹っきれたけど」  岳は目を見開いた。「そうなのか?」 「うん。……俺の話、してもいいか?」  あごを引けば、千景は苦笑いを深めながら、紫がかった唇を動かした。

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