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2018年12月24日-14
千景は依然、昏い微笑みを浮かべている。
「俺って、やっぱり遊び慣れてそうに見える?」
こくりと頷けば、彼はゆっくりとかぶりを振った。
「ごめん。本当は全然、そんなことないんだ」
「え?」
「これまで、その……そういうことをしたのは、元カレと君のふたりだけで……」
「……嘘だろ?」
唖然とした。
誰がどう見ても美男で、人好きして、相手に困らないであろうこの人が?
あんなに色っぽくて、大胆で、タチの悦ばせ方を熟知した身体なのに?
……俄かには信じられなかった。
「見栄を、張ってたんだ」
千景はそう言って、重々しくため息をついた。
「三十にもなって経験人数がひとりって知られたら、その、難ありだと思われて、相手してもらえないんじゃないかって……だからずっと、こなれた男を演じて、久我くんを騙してた……」
それから、しおしおと頭を下げられた。
「ごめん。本当の自分を偽って、久我くんと過ごしてきて……、元カレと同じ穴の狢だったと反省してる」
「……まんまと騙されてた」
半ば呆然としながら、岳はぼそりと言った。やっぱり、信じられない。そう思ったが、ふいに思い出したことがあった。思わず、口の端がにやりと上がる。
「あぁ、そうか。道理でアンタ、フェラが下手くそなわけだ」
「あ……っ、うう、ごめん……、そうなんだよ……これまで、ほとんどやったことがなくて、その……、恥ずかしい……」
千景も十分、心当たりがあるのだろう。情けない声で白状すると、見せる顔がないと言わんばかりに両手で覆い、俯いた。その様がおかしくて、岳はますます笑った。
と同時に、胸の中に暖気が満ちていくのを感じる。
……自分たちは似た者同士だ。
互いに秘密を抱えながら、怯えながら、繋がりを持ち続けた。
そうだと知って、親近感が一気に湧きあがってきたのだ。
千景は「熱い、あつい」と独りごちながら、両手で顔を扇いだのち、コホンとひとつ咳払いをし、身の上話を再開した。
「そんなだから、君のスマホを盗み見た時、元カレとのことをぶわーって思い出して……、感情に任せて君を突き放してしまった。……本当にごめん」
「そのことはもういい。もう何とも思ってねーし」
「本当?」
あぁ、と答え、千景を見つめれば、彼は安堵したように表情を和らげた。
「……最初の頃は、君のことを割りきった相手としか思ってなかった。でも俺、そんなに器用じゃないから、自分の中で君の存在がどんどん大きくなっていって。……俺はまた、特別な存在になれなかった、今回もまた都合のいい人間で終わっていくんだなって、勝手にショック受けてさ。呆れるだろ?」
「呆れてねーよ」
岳は、はっきりと否定した。むしろ、嬉しかった。かつて信じた男がそうだったように、岳に他の相手がいると思い、千景はショックを受けた。これが割りきった相手であれば、そうはならなかったはずだ。
つまり、千景はあの頃から、何かしらの思いを岳に抱いていた、ということだ。
先ほどの実家でのやり取りを経て、徐々に輪郭ができ、かたちとなりだしていた可能性が、千景の話を受け、確かなものとなった。
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