76 / 99

2018年12月24日-14

千景は依然、昏い微笑みを浮かべている。 「俺って、やっぱり遊び慣れてそうに見える?」 こくりと頷けば、彼はゆっくりとかぶりを振った。 「ごめん。本当は全然、そんなことないんだ」 「え?」 「これまで、その……そういうことをしたのは、元カレと君のふたりだけで……」 「……嘘だろ?」 唖然とした。 誰がどう見ても美男で、人好きして、相手に困らないであろうこの人が? あんなに色っぽくて、大胆で、タチの悦ばせ方を熟知した身体なのに? ……俄かには信じられなかった。 「見栄を、張ってたんだ」 千景はそう言って、重々しくため息をついた。 「三十にもなって経験人数がひとりって知られたら、その、難ありだと思われて、相手してもらえないんじゃないかって……だからずっと、こなれた男を演じて、久我くんを騙してた……」 それから、しおしおと頭を下げられた。 「ごめん。本当の自分を偽って、久我くんと過ごしてきて……、元カレと同じ穴の狢だったと反省してる」 「……まんまと騙されてた」 半ば呆然としながら、岳はぼそりと言った。やっぱり、信じられない。そう思ったが、ふいに思い出したことがあった。思わず、口の端がにやりと上がる。 「あぁ、そうか。道理でアンタ、フェラが下手くそなわけだ」 「あ……っ、うう、ごめん……、そうなんだよ……これまで、ほとんどやったことがなくて、その……、恥ずかしい……」 千景も十分、心当たりがあるのだろう。情けない声で白状すると、見せる顔がないと言わんばかりに両手で覆い、俯いた。その様がおかしくて、岳はますます笑った。 と同時に、胸の中に暖気が満ちていくのを感じる。 ……自分たちは似た者同士だ。 互いに秘密を抱えながら、怯えながら、繋がりを持ち続けた。 そうだと知って、親近感が一気に湧きあがってきたのだ。 千景は「熱い、あつい」と独りごちながら、両手で顔を扇いだのち、コホンとひとつ咳払いをし、身の上話を再開した。 「そんなだから、君のスマホを盗み見た時、元カレとのことをぶわーって思い出して……、感情に任せて君を突き放してしまった。……本当にごめん」 「そのことはもういい。もう何とも思ってねーし」 「本当?」 あぁ、と答え、千景を見つめれば、彼は安堵したように表情を和らげた。 「……最初の頃は、君のことを割りきった相手としか思ってなかった。でも俺、そんなに器用じゃないから、自分の中で君の存在がどんどん大きくなっていって。……俺はまた、特別な存在になれなかった、今回もまた都合のいい人間で終わっていくんだなって、勝手にショック受けてさ。呆れるだろ?」 「呆れてねーよ」 岳は、はっきりと否定した。むしろ、嬉しかった。かつて信じた男がそうだったように、岳に他の相手がいると思い、千景はショックを受けた。これが割りきった相手であれば、そうはならなかったはずだ。 つまり、千景はあの頃から、何かしらの思いを岳に抱いていた、ということだ。 先ほどの実家でのやり取りを経て、徐々に輪郭ができ、かたちとなりだしていた可能性が、千景の話を受け、確かなものとなった。

ともだちにシェアしよう!