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2018年12月24日-15
「アンタも、自分を守るのに必死だったんだろ」
臆病者は、傷つくことを恐れる。
だから自己防衛に走る、エゴで言動を塗りたくる。
自らの心に蓋をし、本当の自分を隠して生きていく。
その重い蓋を、岳と千景は取り払った。
剥き出しの自分で、相手と向き合っていた。
「ごめん。だけどもう、絶対に逃げないって決めた」
そう言って千景も、岳を見つめ返してきた。あたりの冷気をものともしない、熱い眼差しで。
「あの日、初めて行った渋谷の店で、最初に声をかけてくれたのが君で良かった。ようやく失恋から立ち直れて、久しぶりに人肌に触れたいと思ってあの店に飛び込んだはいいけど、ほら、そういうのにまったく慣れてなくて、すごく緊張してたんだ。……だから、君に見つけてもらえて、今となっては本当に感謝しかない」
千景の唇から洩れる白い息が夜風に吹かれ、澄んだ闇に溶け込んでいく。
「久我くんが好きだ」
そう告げてくれた千景の頬には、朱色が差していた。
「君と触れるうちに、報われないって分かっていても、好きになった。君に襲われた時、君が傷を抱えてるのを知って、少しでも君の支えになりたいって思った。……君の過去を知って、その気持ちが強くなった。だから……ーー」
千景の告白が途切れる。
寒さで指が動かないながらも、岳は彼の右手を力の限り強く掴んでいた。心臓が破裂せんばかりに激しく鼓動している。それを抑えようと、奥歯を噛みしめた。
身体を搔きむしりたくなるほどに面映ゆく、同時に、気が変になりそうなほどの幸福を、しっかりと感じていた。
嬉しくて、嬉しくて、しょうがない。
渋谷のあの店にいた客の中で、いちばん顔が綺麗で色っぽかったから、何気なしに声をかけただけだ。他意はまったくなかった。
この人とも、一度きりで終わらせるつもりだったし、一度はそうなった。
それが、まさかこんなことになるなんて。誰がいったい想像しただろう。
人生、何が起こるか分かったものではなかった。
……とまれ、千景にこれ以上の言葉を紡がれる前に、甘い望みを告げられる前に、岳には伝えるべきことがあった。
「……俺は、人殺しの息子だ」
声が震えている。素肌が晒されている顔や手の冷えが全身に巡っているせいか、それとも内なる緊張のせいか。それでも、話すことはやめなかった。
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