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2019年2月16日-1
2月16日、土曜日。時刻は12時50分を過ぎたところだった。
晴れていながらも、どことなく雲で濁った冬空が、丸の内の気取った街並みを見下ろしていた。乾いているのか湿っているのか判然としない風が、薄くて鈍い日光を跳ね返す高層ビルに巻きつくように吹いており、うようよと往来する人々の身を縮こませていた。
東京駅丸の内北口を出て徒歩3分ほど。大手不動産会社の瀟洒なビル内にあるカフェに、岳と優一はいた。
今週の頭に安馬氏から連絡があり、この場所を指定された。今回の父親との面会は、彼が双方の連絡役となり、実現したものだった。
ウッド調の店内は広いが、休日で客は多かった。客層としては岳と同世代の男女や、こじんまりとした同窓会を開く老年女性たち、喫煙席で煙草を吹かすオヤジや化粧の濃い中年女性など、幅広かった。ジャズのスタンダードナンバーがBGMとして流れる中、なかなかに賑やかな空間だった。
これならば、ちょっとやそっとのことでは自分たちに注目は集まらないだろう。男3人がテーブルを囲っていても、妙に思われなさそうだった。そういったことを考慮して、安馬氏がこの店を選んだのは明白だった。
4人がけのテーブルに岳は優一と並んで座り、父親が来るのを待っていた。
席に案内されてから、優一はずっとそわそわしている。何度も何度もため息をついては、腕時計をちらちらと見ていた。約束の時間である13時まであと数分となり、さらにナーバスになっているのか。さっきから貧乏ゆすりが止まらなくなっていた。
「……今までの人生で一番ってくらい意気込んでるのに、ダメだわ。口から心臓が出そう」
呻くような声で優一がそう言い、岳は頷いた。その気持ちは、十二分に分かる。岳もこれ以上にないほどに緊張していた。
胸の中を悪意ある手つきで弄られているような感じだった。しゃんとしようと思い、ホットコーヒーを注文したものの、その味がよく分からないという有様で、ひと口飲んで以降は、まったく手をつけていなかった。
仄明るい照明がぶら下がった天井を仰ぎ、ゆっくりと息を吐きながら、視線を戻す。
今日の面会について、2週間前、あれだけ強く決心したはずなのに。
自らの決断を間違いだったと否定する気は、つゆもない。けれども、この時が訪れることを日に日に恐れてしまっている自分もいた。己の弱さを改めて痛感し、岳は自己嫌悪に陥っていた。
昨夜も、ひとりでいると気が狂いそうだったので、千景にそばにいてもらった。彼は今も岳の部屋にいて、帰宅を待ってくれている。
家を出る直前まで、千景と抱き合っていた。
千景の身体に縋るように腕を絡め、優しいぬくもりを全身で感じていた。千景からは幼子をあやすように頭や背中を撫でられ、子ども扱いされているようで気恥ずかしかった。けれども、それ以上に心地よく、万全とまではいかないものの、精神状態は良くなった。
……今も、千景の夕陽のような微笑みと穏やかな声を思い出していた。服には柑橘系のフレグランスの香りが、うっすらと移っている。それが鼻腔に淡く漂えば、少しだけ緊張がほぐれた。
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