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2019年2月16日-4
「それで?」
優一は鼻声で促した。
「……謝罪をしたい」
想定済みの答えだったため、特出した感情が生まれることはなかった。ただ、変に世間話や近況報告を始められるより、さっさと本題に入ることができて良かったと思った。
優一は、この面会を手短に進めようとしている。
その方が、絶対に良い。長い時間、この場にいてしまえば、今は何とか大丈夫でも、いつか必ず気が狂うと思った。その自信があった。
「本当に、すまなかった」
晃一はそこで初めて、表情を大きく変化させた。額や眉間の皺を顔の中心線に沿ってきつく寄せると、深々と頭を下げた。
「……俺が、皆を不幸にした。親父とお袋は、俺が殺したも同然だ。お前たちには、俺が想像する以上の負担と苦労をかけてきただろう。……詫びたところで何にもならないと分かってるが、言わせてくれ。本当に申し訳なかった」
堪えきれないと言わんばかりに、優一がおいおいと声を出して泣き始めた。近くのテーブルの客が優一の様子に気づいて驚き、何があったのだろうと言いたげにチラチラとこちらを窺いだした。その視線が居た堪れないとばかりに、晃一は顔を伏せ続けていたが、岳と、それにきっと優一も、気にならなかった。
岳はただただ冷めた思いで、晃一の侘しい頭頂部を見つめていた。
……詫びたところで、何にもならない。
まったくもって、その通りだ。この男の行いで、すべてが崩壊したのだ。両親と息子、家族3人の人並みに幸せな生活も、母親も祖父母も、何も戻ってこない。
それでも、謝罪する他ないこの男が憐れだった。憐れ過ぎて、岳は何も言えなかった。
「……なんでこんなに泣けてくるのか、全然分からない」
ぽろぽろと落ちる涙をハンカチで拭いながら、優一がくぐもった声を搾り出した。
「貴方のことは、俺の中ではちゃんと整理がついてるのに、こんなに人がいるところで泣いて、本当にみっともない……」
晃一はゆっくりと頭をあげると、年甲斐もなく号泣している実弟を、弱々しく見つめた。なんと言葉をかければいいか、分からないといった様子だった。しばらくの間、優一の泣く声だけが3人の空間を埋め尽くした。
「……確かに、物凄く苦労した。惨めで辛くて、寂しくて、何度も父さんと母さんの後を追おうとした」
バッグから取り出したポケットティッシュで鼻をかんでから、優一は先ほどよりは幾分通った声で喋り始めた。
「けど、そんな俺を救ってくれた人がいた。その人は、岳を正しく導いてくれて、こんな俺のことを大切に想ってくれてる。……俺は、岳と彼のために生きようと思った。貴方が起こした事を理由に、苦しみ続けたくなかった。貴方のために俺の人生がめちゃくちゃであり続けるなんて、馬鹿らしかった。……だから今、俺は、誰よりも幸せに生きています」
そして優一は、湿りきったハンカチで顔を覆い、俯いた。左手の薬指に嵌ったシルバーリングが、晃一にも見えているだろう。貴久とお揃いの物だ。何物にも代え難い、優一にとっての幸福の証が、今日も澄んだ光を放っていた。
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