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善くんと誠くんの話3
寒い日は、電車の到着を待っている時間が長く感じる。
「寒い以外の、言葉が出てこねぇ」
俺の言葉に中尾は顎先だけでうなずき、赤くなった指先に息を吹きかけている。俺は軍手でぬくぬくした手で言った。
「ばあちゃんに作ってもらった手袋、すればいいがーに」
「ここの駅に着くまでは、いつもしてる」
「そのまましとけばいいだろ。愛情たっぷりの指なし手袋」
「まこっちみたいに半笑いで言ってくるやつがウザいから、しねぇんだよ」
「なるほど」
中尾に冷たい視線を向けられ、笑ってごまかした。ばあちゃんの愛情を無下にしてるのは、俺のせいだったらしい。
〝――方面行きの普通列車がまいります。ご乗車の際は、手で扉を開けてお乗りください〟
ガタンガタン、キキキキキー。
騒々しい音を立て、電車がホームに滑り込んできた。冷たい風がぶわっと吹き抜け、頬がキーンと痛くなる。
一年の三分の一を雪に閉ざされる町の冬は、本当に寒い。
凍てついた扉が開き、地元の進学校に通う生徒がわっと降りてきた。中尾に続き、開いた扉から車内に乗り込む。
俺はドア横に立つ人を一瞬だけ横目で見た。
その人は、「ぜんくん」という。同じ学校の生徒にそう呼ばれているのを聞いたことがある。
ぜんくんは県内で一番偏差値の高い翔嶺高校に通っているらしく、公立高校にしては洒落たブレザーを着ていた。ほとんどの生徒が国立大に進む、なんちゃってじゃない、本物の進学校だ。
翔嶺高校の最寄駅に着くと、ぜんくんは両側の扉を手で開けてから降りていった。鉄の重い扉は、女の子やお年寄りの力で開けるのには少し苦労するだろう。
後に降りる人のためにわざわざ両方の扉を開けて降りていくぜんくんに気づいてから、俺はぜんくんの姿を追いかけるようになった。
理由は、自分でもよくわからない。
教室に着くと、ガスストーブの周りにクラスメイトが何人か集まっていた。なぜか、アルミホイルをひいて、マシュマロを焼いているやつもいる。そばにはびくともしなさそうな餅がごろんと横たわっていた。
餅は中まで焼けんだろう、餅は。電話でわざわざスルメを買ってくるように頼むな、教室が生臭くなる。
「クリスマスも終わってねぇのに、朝からどんど焼きしてんのかよ」
俺は鞄を肩にかけたまま、ストーブのそばまで寄った。軍手を外して、手をかざす。ぬくい。もうここから一歩も動きたくない。
「まこと、マシュマロいる?」
ふだん俺と中尾と三人でつるんでいる宮地が問いかけてきた。野郎だけのクラスで唯一、男臭くないマスコットキャラ的存在だ。レディースのアパレルショップでバイトしてる、ふんわりパーマのおしゃれさんである。
「いる。一個ちょうだい」
宮地は焼けたマシュマロを割り箸でつまむと、差し出した手のひらに落とそうとしてきた。
「それ、絶対、あっついやつな。火傷するわ」
俺は出していた手をいきおいよく引っ込めた。悪意がないぶん、おそろしい。
「あ、そっか、ごめん」
今度は箸に刺したマシュマロを手渡してくれたので、安心して受け取る。とろとろにとろけたマシュマロを食べながら、なんとなしに窓の外を見上げた。
ほんの少し見えていた青空はすっかり雲に覆われ、夕方のように薄暗くなっている。
「あ、雪だ」
宮地のつぶやきで、みんなが窓の外を見上げる。
分厚い雲からは綿のような雪がゆっくりと折り重なるようにして降っていた。ふわりとも音がしない。冬の初めに降る水っぽい雪と違い、確実に振り積もっていく雪だ。
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