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善くんと誠くんの話5

―善―  JRが運休になるらしく、学校が途中で放課になった。最終の一本早い電車に乗れたので、途中の駅で降りて本屋に行くことにする。 「待て、待て、待って、お願い!」  階段を降りようとする俺の鞄を、クラスメートの須藤が必死に引っ張ってきた。身長は俺のほうがあるけど、元野球部の主将でがっしりとした体付きの須藤には勝てない。引きずられるようにしてよろける。 「いった。ただでさえ教科書で重いのに、体重かけないで。鞄もコートも、ついでに腕まで千切れそう」 「清水ぅぅ、お前がいたら勉強してるふりだけで誤魔化せるっけ、家着いてきて!」  おばあちゃんから、「早く帰って勉強しなさい」と連絡のあった須藤が、大きな図体で人目もはばからず駄々をこねている。 「たまには勉強しといたほうがいいよ。後々困ることになるのは須藤なんだし。実家の病院継ぐために、医学部入るんでしょ」 「そんなこと言って、俺を見捨てる気か!」 「見捨てる気はないけど。……あ、ほら、また電話鳴ってる」  何度もかかってくるおばあちゃんからの電話に、須藤はしぶしぶ帰っていった。  ショッピングセンターに向かう途中、駅前のバス停で、中学時代バスケの大会で顔を合わせていた中尾と誠くん(須藤から名前を聞き出した)がバスの時刻表を真剣に眺めていた。  バスに間に合わなかったら大変だと思い急いで降りてきたのか、誠くんの息があがって、白い湯気が立っている。 「あ、ちょうど――じゃん」 「よかったな」  中尾の声は聞き取れなかったけど、ふだん機嫌悪そうにしている誠くんの笑顔が見られて、得した気分になる。  高校受験の日から、半年以上。  誠くんに惹かれながらも声をかけられなかったのは、誠くんが毎朝、ものすっごく険しい表情で電車に乗り込んでくるからだ。  入学してしばらく経つと、眠かったり体調が悪いだけだとわかったけど、それでも受験の日の出来事は幻だったんじゃないかと思うくらい、毎朝ひどい顔をしている。  須藤は、「いいやつだし、幼なじみだっけ、紹介してやろうか?」と言ってくれたが、とてもじゃないけどお願いする気にはなれなかった。「声をかけてくんな、気持ち悪い」と罵られて喜べるほど、俺は変態じゃないし、メンタルも強くない。  なので、誠くんから声をかけられたのは青天の霹靂だった。いや、空は完全な曇天だけど。 「すみません」  俺のコートをつかんで呼びかけてきた誠くんの耳たぶは赤く染まっていた。何の用かと不審に思ったが、人前で堂々とカツアゲしようとしてるわけじゃなさそうだ。 「俺? ごめん、てっきり店員さんにでも声かけてるのかと思って」  そう言うと誠くんは、心配になるほどいきおいよく首を横に振った。完全に不審者だ。店員さんに怪訝な顔で見られている。視線が痛い。 「とりあえず、本屋出る?」 「う、う、うん」  俺に着いてきた誠くんに視線を向けると、赤らんだ顔で口を開いては、閉じ、開いては閉じを繰り返している。  なんだか理由はわからないが、思い上がりじゃなければ好意を持たれているような気がしてくる。  いや、そう思わせておいて地獄に叩き落とす作戦かもしれないと一ミリくらいは思ったけど、須藤の幼なじみなら、きっとそんなことするやつじゃないだろう。  一つ一つの行動に、ためらいと、好きの気持ちが伝わってくる。性別なんて軽く飛び越えて、単純に、可愛い、と思ってしまった。

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