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善くんと誠くんの話7

「用があるわけじゃ、ないけど――」  そう言ったきり言葉が続けられない俺を、ぜんくんは不思議そうに眺めている。口元を押さえて笑いを堪えているので、不快ではなさそうなのが救いだった。  ぜんくんは腕時計を確かめると、眉尻を下げながら言った。 「ごめんね。俺、次の電車で帰らないといけないんだ。いれても、あと十分かな」  電車が駅に着いてから、もう一時間近く経っていた。気づけば不審者相手に二十分近く付き合わせていることになる。 「いや、こっちこそ、いきなり声かけてごめん。雑誌読んでたのに、すみませんでした」  コーラを一気飲みして席を立とうとする俺の手首を、ぜんくんはつかんだ。出そうになったゲップを慌てて飲み込む。ごぷっ。ふぅ、危なかった。 「本当に、用事ないの?」  ぜんくんに再び問いかけられ、一度浮かした腰を元に戻した。恥ずかしくて逃げることは簡単にできるけど、そうしたら、もう二度と声をかけられる気がしない。半分かなぐり捨てた恥ずかしさなら、もうすべて捨ててしまえ! 「ラインのID、教えてください」  気合に見合わず控えめに頼むと、ぜんくんはキョトンとした後、肩を震わせた。そんなに何度も笑わなくたっていいのに。  ぜんくんはコートのポケットから、スマートフォンを取り出した。 「そんなことだったんだ。いいよ。あ、でも、俺交換の仕方知らないんだ」  体の良い断り文句かと思ったのに、ラインの画面を開いて見当違いの場所を開くぜんくんは、本当にID交換の方法を知らない様子だった。 「スマホ借りていい?」  ぜんくんからスマートフォンを受け取り、QRコードをスキャンする。緊張で手が震え、テーブルががたりと鳴った。隣に座る高校生カップルが迷惑そうにこっちを見てくる。  〝清水善〟が。ぜんくんの名前らしい。  スマートフォンを俺から受け取った善くんは、ふーんと頷いた。 「そういえば、ライン交換する時ってスマホ振るんだったね。一回だけ、クラスのやつと交換したことがある」  善くんが言ってるのは、ふるふるという別の方法だ。 「その機能は、使ってない」  緊張して手が震えただけだと言うと、善くんは両手で顔をおおった。完全にツボに入ったらしく、マフラーをつけている間も時おり肩を震わせている。穴がなくても掘って入りたい。 「じゃあ、また明日ね」 「うん、また明日。って、同じ車両に乗ってんの、知ってたが?」 「知らなきゃ、いきなり声かけられてついてこないでしょ。ホイホイ」 「それもそっか。付き合ってくれてありがとう」  もう一度じゃあ、と言って、駅に向かう善くんとフードコートの前で別れた。

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