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善くんと誠くんの話8
「ただいまー」
居酒屋でのバイトが終わり家に帰ると、父さんはすでに大きないびきをかきながら寝ていた。酒を飲んで荒れているよりよほどいいので、少しだけほっとする。
風呂場に行き、ガス釜のスイッチを入れると、すぐ二階に上がった。三部屋あるうちのひとつが俺の部屋だ。
「さっびぃ、部屋ん中いんのに、こごえる」
ストーブをつけ、その前にしゃがみ込む。
少しするとボッと火がつき、灯油の匂いがただよってきた。
俺はマフラーを取ると、スマートフォンを鞄から取り出した。善くんからメッセージは届いていない。俺からIDを聞いたんだから、当たり前か。
気を取り直し、再びスマートフォンと向かい合う。
なんてメッセージを送ろう。毎朝会うとはいえ、よくIDを教えてくれたよな。善くん、危機意識低くない? 大丈夫?
どんな文章を送ろうか迷っているうちに、少しずつ部屋が温まってきた。
よし、メッセージを送るのは後にしよう。どんな返事がくるか怖いわけじゃないと、誰につっこまれたわけでもないのに言い訳をする。
風呂が沸いた時間を見計らい、着替えを持って下に降りた。
風呂から上がると、スマートフォンの画面にラインの通知が表示されていた。髪の毛も乾かさないまま、急いで内容を確認する。
メッセージは善くんからだった。本当に連絡先を交換したんだと実感して指が震えている。アル中でもないのに簡単に震えるな、俺の指。
『声かけてくれてありがとう。メッセージこないから、こっちからしちゃった』
表示されたのは、うさぎが踊ったような変なスタンプ付きのメッセージだ。善くん、スタンプ使うのか。素っ気ない感じだと思ってたから、意外さに頬がゆるむ。
『こっちこそ教えてくれてありがとう。バイトしてるから、家に帰ってくるの二十二時過ぎなんだ。今、風呂から上がったとこ』
悩んでから、俺もうさぎのスタンプを返した。画面を開いたままにしていたのか、メッセージはすぐに既読になる。
『バイトしてるんだね。お疲れ様』
『善くんは何してた?』
『今は何も。さっきまで勉強してた。来週からテスト期間で』
『翔嶺、勉強大変そうだよね』
毎日参考書やら教科書を開きながら電車に乗る翔嶺生を思い出した。
『人によっては。全然勉強しないで成績が良いやつもいるし』
『そういえば、たいして勉強してなかったのに、翔嶺に入った幼なじみがいる』
『須藤?』
『そうそう。よく知ってんね』
そこで少し間が空いた。動かない画面を眺めていても仕方ないので、今のうちに髪の毛を乾かしておこう。
俺はカラーボックスを横にした上に置いてある鏡を見ながら、ドライヤーで髪を乾かし始めた。
少し長めの髪が、ひたりと頬に当たる。いくつも開けたピアスホールを隠すために、不自然にならない程度に長めにしているのだ。
髪の毛を乾かし終わると、善くんから返事がきていた。
『受験の時、二人で一緒にいるの見かけたから』
なんてことない内容だったので、風呂にでも入っていたんだろう。
受験の時ということは、善くんは俺よりずっと前に、俺のことを知ってくれていたということになる。なんだか恥ずかしくて、冗談めかしてラインを返す。
『須藤、暑っくるしいから目立つでしょ』
『確かに。ホームで電車に向かって叫んでるのには、笑った』
『めっちゃアホ面してたよね。鳩に豆鉄砲喰らわせたら、絶対あんな顔になる』
平静を装いながら返事をするが、内心はめちゃくちゃ動揺していた。
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