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善くんと誠くんの話13

 俺は、罪悪感に打ちひしがれていた。  手の中には濡れたティッシュが二つ。  あれから何度もかかってきた善くんからの電話は無視したくせに、ちゃっかりしっかり、美味しくいただいてしまった。  久しぶりだったからか、初めて耳元で声を聞いたからか、今までで一番気持ち良かった。 〝誠くん〟  名前を呼ぶ善くんの声を思い出すだけで、耳たぶが熱くなる。現金にも下がムズムズしてくる。さすがにだめだ、俺。回数の問題じゃないけど、これ以上は――。  結局、もう一発抜いた。  罪悪感がつのりすぎて、善くんに合わせる顔がない。よし、明日も最後尾に乗ろう。もういっそ一週間くらい顔を合わせなくたっていい。会いたいけど、すっごく会いたいけど、合わせる顔の在庫が不足している。  翌朝、ホームに滑り込んできた電車の扉を開けると、いつも俺らが座ってるボックス席に善くんが座っていた。  ひらひらと手を振る善くんを見て、中尾が思いっきり顔をしかめる。 「なんで最後尾に清水がいるが? せっかく顔見なくてすんで、清々したのに」  通学時間帯ど真ん中で、他に席は空いていなかった。  中尾は窓際に座る善くんの斜め前に腰を下ろし、ライオンヘアーを逆立てて、シャーッと威嚇している。  俺は中尾と善くん、どっちの隣に座ればいいんだろう。善くんの目の前に座るのも、隣に座るのも、どちらにせよ気まずいのには違いない。そもそも同じ空間にいること自体が逃げ出したくなるくらい恥ずかしい。 「こっち、きて」  善くんが座席に置いてあった荷物をどかしてくれたので、そこに座ることにする。 「お、おじゃましまーす」 「どうぞ。いらっしゃい」  落ち着いた善くんと違い、慌てふためく俺の様子が客観的に見てもおかしかった。  中尾は〝お前のせいかよ〟と、面倒くさそうにこっちを睨むと、学ランのポケットから取り出したスマートフォンでゲームをし始めた。  イヤホンを耳に挿し、完全に情報をシャットアウト。  善くんがイラついた様子の中尾に声をかける。 「今まで、わざわざ訂正するのもどうかと思って言わなかったけど。合同練習の時、中尾が先輩殴ってたこと先生にチクったの、俺じゃないからね」  おそらく多少は聞こえてるくせに無視を続ける中尾に、善くんはため息をついた。  二人の間には何か行き違いがあるらしい。  ほわんほわんと間の抜けた楽器のような音が座席下からする。  ヒーターが稼働する音だ。尻がぽかぽか温かかった。善くんと触れ合っている二の腕がむず痒い。  どうしたらいいか手の置き場をさだめられないでいると、つい、と制服の裾を引っ張られた。  善くんがスマートフォンのメモ帳を見せてくる。 『手、貸して』  手って、なんで?  いまいち理解できていない俺の右手を取り、善くんは自分の背中の後ろに隠した。右手と左手が不格好に指先だけ繋がっている。

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