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森孝くんと結しゃんの話3
イベント、当日。
俺は東京駅で在来線に乗り換え、目的地に向かった。
薄手のストッキングにダウンジャケットという謎の格好をした女の後ろを歩く。
東京の人たちは、なんでか田舎の人間より厚着をしている。俺の住んでる所じゃ十二月にダウンジャケット着てるのは、じーちゃんとばーちゃんくらいなのに。
イベント会場に着くと、建物の外まで人の列が続いていた。夏よりはマシだが、野郎どもの体臭や頭皮の匂いで吐き気がこみ上がってくる。
〝オタクこそ、清潔感大事、ゼッタイ〟
なんかの標語が、頭に浮かんでくる。
「さんべんくらい体洗ってから、出直してこいよ」
聞こえるように言って、使い捨てマスクを耳にかけた。臭いはだいぶやわらいだが、それでも臭い。もはや公害レベル。
白目をむきそうな気分になりつつ目当てのブースに近づくと、外国語かと聞き違えるほど早口の声がした。声に抑揚がなく、どこで息継ぎしているのかわからない。逆再生のCDみたいなゾワッとする声だ。
声の主は、今どきネタでも見ない、典型的なオタクファッションをしていた。
頭にバンダナを巻き、チェックのシャツをズボンに突っ込んでいる。大きなリュックにはいったい何が入っているんだろう。凶器?
浮かんだ疑問をかき消すように、さらにマシンガントークは続く。
「お、お、おおお、お時間ありませんか? 一緒にお茶でも飲みましょう。駅前にはドトールがあるし、マックとかロッテリアとか、どうしても行きたいって言うなら、ミスタードーナツでも大丈夫ですよ。スタバはちょっと、ぼくには敷居が高くて。ドゥヒィッ」
言葉は丁寧だが、コミュニケーションを取ろうとしているようには思えない喋り方だった。一方的に呪文のように言葉を唱えている。
呪文を唱えたあと口にする「ドゥヒィッ」という笑い声が気色悪い。
それに、どこから突っ込んだらいいんだろう。女を誘うならチェーンのコーヒーショップはやめろ。マックとロッテリアとミスドは論外。
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