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森孝くんと結しゃんの話6
「結しゃん?」
「……っ」
結しゃんは、ライオンに狙われたうさぎみたいに、両手でスマートフォンをギュッと握りしめた。
怯えた様子の結しゃんを見て、気づかないふりをすれば良かったと後悔する。
結しゃん、困ってるなー。
きっと想像してた俺と、現実の俺の姿が違ったんだろう。
そうじゃなければ、ドゥヒィ野郎と話した時に名乗っていたので、何かしら反応してくれても良かったはずだ。
ため息を吐きたくなる気持ちを抑え、意識して口角を上げた。
結しゃんに向かって手を差し出す。
「とりあえず、スマートフォン貸してね」
床に視線を落とす結しゃんの代わりに、QRコードを読み取り、アイテムを入手した。画面を消して、結しゃんの手にスマートフォンを返す。
少し不器用に塗られた桜色のマニキュアが結しゃんらしくて、初めて会ったのに愛おしい気持ちになる。
イベント会場から駅に向かう途中、半歩後ろをとぼとぼ歩く結しゃんに視線を向けた。一目で拒絶されたのはショックだが、結しゃんのほうがダメージは大きそうだった。
俺は意識して、柔らかい声を出した。
「今日のことは、全部夢だよ。だって、ドゥヒドゥヒ笑う変なやつが現実に存在するわけないじゃん。結しゃんはイベントなんか行ってないし、俺にも会ってないの。だから安心して、また一緒に遊ぼう?」
結しゃんは泣きそうな顔で笑っただけで、返事はしてくれなかった。
あとは、無言で歩き続ける。
早く着いてほしいのか、着かないでほしいのか、自分でもよくわからない。
結しゃんは駅に着くと、小さくお辞儀をして、構内に走っていった。
その瞬間、グレープフルーツの匂いがふわっと香る。むきたての皮の匂いだ。
俺がこの匂いが似合うくらい爽やかだったら、結しゃんだって怯えなかったかな。
コーヒーショップの窓ガラスに映る、まこっち曰くチャラいらしい自分の姿を眺めていると、中に座っていたおっさんがそそくさと荷物をまとめて席を立った。
俺を警戒しているらしく、何分経っても店から出てこない。
何もする気ねぇっての。
イラついた俺は店内に入り、わざわざおっさんの目の前を通って本日のおすすめのコーヒーを注文した。
コーヒーの匂いでグレープフルーツの甘酸っぱい匂いが上書きされる。
夢だと言ったのは俺なのに、自分まで結しゃんと会ったのは幻だったんじゃないかと思えてくる。嫌われるよりそっちのほうがいいのに、飲み慣れないコーヒーの味が、現実であると教えてくれた。
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