27 / 72

森孝くんと結しゃんの話13

 授業に出たり、サボったりしながら放課後まで待ち、A組に向かった。  俺のクラスとは違いお行儀よく閉まっていた扉を開けると、後ろの席のやつと目が合う。俺の姿を見てあからさまに目をそらされたが、かまわず、声をかけた。 「小林結人って、どいつ?」  死んだふりなのか、下を向いたままどスルーされる。俺を檻から逃げ出した猛獣かなんかだと思ってるんだろうか。 「小林結人は、ぼくですけど」  前のほうに座っていた一人が、気まずそうに顔の横で小さく手を上げた。紺色のジャージ。朝のやつが小林結人で間違いなかったらしい。  俺は結人だと名乗ったやつのそばまで行き、うつむいた顔を覗き込んだ。  震えながら唇をひき結ぶ顔に見覚えがあった。  ――結しゃんだ。髪の毛は短いが、この間はウィッグでもかぶっていたんだろう。  だけどどうにもピンとこない。同一人物なのは分かるけど、合わない鍵を無理やり鍵穴にねじ込むみたいに違和感があった。  少しカサついた唇を見て気づく。そうか、化粧をしてないからか。 「なぁ、今日って、暇? ちょっと、着いてきて」 「着いてきてって……どこに?」  とまどう結人を玄関まで引きずるようにして行きながら、同じ学校に通う小百合に電話をかける。小百合は俺のひとつ上のねーちゃんだ。 〝今日部活あるが?〟 〝あるけど、何よ〟 〝ないなら、女装させてほしいやつがいるんだけど〟  電話の後ろでごちゃごちゃ声が聞こえる。小百合の友達が一緒にいるんだろう。 〝今、急に無くなった〟 〝無くしたがーろ〟 〝ふぐっへへ〟 〝気色悪い声出すなよ〟 〝可愛い子ちゃん? 可愛い子ちゃん? まこっちくんや、太陽くんより可愛い? ……ハァッハァ〟  電話の向こうからは、ドゥヒィ野郎もびっくりの、気色の悪い声が返ってきた。さぶいぼが一気に立ち、電話したのを後悔する。今すぐ切るか、スマホぶん投げたい。 〝そんなんばっか言ってっから、まこっちも太陽もうちにほとんど来なくなったんだぞ〟 〝え、あんたそっちのけでイチャイチャしてるんじゃないの?〟 〝んなわけあるか〟  見てくれは悪くないのに、男の掛け算しかできない残念すぎる姉だ。

ともだちにシェアしよう!