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高山先生と太陽くんの話5
―信太―
グラウンドや体育館から遠い理科準備室は、放課後でも騒がしさとは無縁だった。
棚の上にある水槽に取り付けられたエアーポンプが、静かに、ぽこぽこ音を立てている。
いつから居るのか分からない、もはや鯉に近い大きさの金魚に餌をあげていると、控えめに扉を叩く音がした。
「どうぞ」
「失礼します。高山先生、いらっしゃいますか?」
ノックの音と同じように遠慮がちに顔を覗かせたのは、1年D組の宮地太陽だった。
女性向けアパレルショップで働いているらしく、この辺りの女子高生の間ではちょっとした有名人らしい。インスタグラムなんてのはいまいちわからない世界だが、確かにパーマもかかっていて今時の雰囲気だ。
「鍵開けるから、生物室に回って」
「はい」
ぴん、と背伸びして返事する様子が緊張したハムスターに似ていて、笑いをこらえるためについ口元がもぞもぞした。
生物室に移動し、あらかじめ用意していたプリントを理科実験台の上に置いた。
「まず最初に、どこまで理解してるか確認するためのテストをしよう」
「テスト? テストかぁー……」
丸椅子に座った宮地の背中が少し丸まった。手で体を抱えるようにして、無意識に防御のポーズをとっている。
「大丈夫。分からなくても、これからできるようになればいいんだから、気楽に受けて」
紙の上で動き出した宮地のシャープペンシルは、名前を書いて早々に止まった。
図形は全滅、文章題もあやしい。そもそも中学校の基礎からできていない。
宮地は気まずそうにへらりと笑って、俺を見上げた。
「おれ、昔から計算、苦手なんだ。文字見た瞬間に頭がとまっちゃう」
宮地が通っていた高校は、一応進学校だったはずだ。その学校に受かったということは、数学をのぞいた他の教科の点数は良かったということになる。理解力がないわけじゃないだろう。
「うん、足し算と分数ができてれば上出来、上出来。まずは得意なところから始めようか」
意識して柔らかく言うと、宮地の緊張して固くなっていた頬がふっとゆるんだ。
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