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高山先生と太陽くんの話6
宮地に開いてもらった数学のノートは、生物のノートと違い、ただ板書を写しただけだった。理解できなくて、とりあえず書いてあるだけ。
それを見て、樋口はやる気がないと思ってしまったんだろうか。
いや――樋口のクラス、編入生が入ってきてからトラブル続きで余裕がなかったんだろうな。特に年度始めは。
――ピピピ。
電車に乗り損ねないようにかけていた時計のアラームが鳴った。宮地に出していた問題の丸つけをする。書いてあった部分はすべて正解だった。
「ぜんぶ正解。宮地は、やっぱり飲み込みが早いね」
キュキュッとはなまるを書く。あ、公文で塾の講師をしてた時の癖ではなまるを書いたけど、高校生にはいらなかったか。子供扱いしたようで申し訳ない気持ちでいると、プリントを見た宮地の顔がパーっと明るくなった。
「はなまるもらったのなんか、小学生ぶりかも。けっこー、うれしい」
ま、喜んでくれたならいいか。
宮地はノートとプリントをリュックにしまうと、ぽつりと言った。
「余計な仕事増やしちゃって、ごめんなさい」
「余計な仕事じゃないよ。教師は、教えるのが本業です」
「……ふふ、たまーに、放棄してる先生もいるけど?」
「う〜ん……あまり親身になってくれない先生がいることも事実だけど、樋口先生は違うからね」
宮地は納得してない様子で唇を突き出していた。
「本当だよ。樋口先生、ちょっと人当たりは悪いけど、悪い先生じゃないから。本当、人当たりはちょっと悪いんだけど」
「先生、正直すぎるろぉ」
太陽という名前に負けず明るい顔で笑った宮地は、すくっと立ち上がって、理科実験台の下に椅子を入れた。
「じゃ、電車に乗り遅れないように気をつけて」
「はいっ、ありがとうございました。うわっ、森孝からめっちゃラインきてる」
宮地は頭を下げると、スマートフォンを片手でいじりながら走って行った。
「廊下は走らない!」
聞こえないか、聞こえても立ち止まらないだろうと思いつつ声をかけると、宮地はぴたっと足を止めた。
「はーーい!」
大きく返事をしてから、早足で歩いていく。
素直で、まっすぐで、でもしっかりしていて。ついほおっておけないのは、宮地が昔飼ってたハムスターに似てるからだろうか。アプリコットのキンクマ、ロングヘアー。
いや、生徒をハムスターと一緒にしちゃだめだろ。
観察日記を嬉々として手にしそうな頭の中の自分をたしなめた。
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