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高山先生と太陽くんの話8
コーヒーを飲もうとすると、再び赤くてぶつぶつのそいつと目があった。じとーっとおれを睨みつけてくる。
「……気持ち悪い」
「そりゃ、そんなに砂糖とクリープ入れたら、気持ち悪くもなるよ。作り直そうか?」
「違うよ。この赤いやつ、気持ち悪い」
指で目をぴんぴんとつつく。
「ああ、それ、ピグモンっていうんだ。ウルトラマンに出てくる怪人、知らない?」
言われても、ぴんとはこなかった。ウルトラマン自体よく分からない。
「見たことは……あります」
「見たことはある、程度かぁ。そっかー、もうそんな時代なんだね。樋口先生に、もう生徒にピグモンって呼ばれる心配はないって教えてあげよう」
「樋口――樋口先生と、仲良いんですか?」
「うん、高校の時の同級生。大学は離れたんだけど、この高校でまた一緒になったんだ。たまにサボりにくるからカップ置いてあるの。
まぁ、それは置いといて。ケーキ、何がいい? 食べられるなら、いくつでも食べていいよ。むしろ三個でも四個で――」
「え、本当に?」
つい食い気味で言ってしまった。
「あの……いいです、二個で。じゃなくて、一個で」
言い直すと、先生は笑いながらお皿を食器棚から取り出した。
「本当にいいよ、遠慮しないで食べて。俺、甘い物、そこまで得意じゃなくて」
先生はショートケーキを小さな皿にとると、残りを大きいお皿にのせてくれた。家にもある、某パン祭りの皿だ。
「樋口先生とか、食べるんじゃ」
遠慮して言うと、先生はおどけた様子で肩をすくめた。
「……樋口先生、甘い物、好きだと思う?」
しかめっつらのままでケーキを頬張る樋口を想像した。ぜんぜん似合わない。どんなに想像しても甘い物が好きそうには思えなかった。よし、もらっちゃおう。
先生はテーブルをはさんで向かい側に座った。
「どうぞ召し上がれ」
促され、手を合わせる。
ま、まずい。何も考えずに、先生が食べ終える前にぺろりとたいらげてしまった。冷えて酸っぱくなったコーヒーをちびちび飲む。あんまり美味しくない。
減らないコーヒーを見て、先生が言った。
「宮地って、コーヒー苦手? 無理しないで残していいからね」
「だ、大丈夫です」
「口がまずくなったら、もったいない。ちょっと、フォーク貸してくれる?」
先生はおれのフォークを受け取ると、自分のケーキの口のついていない部分を切り分けた。
フォークを差し出され、反射的に口を開く。甘さ控えめのクリームが舌の上でふわりと溶けた。
「手渡し、しようと思ったんだけどね」
苦笑いで言われ、
「……あ」
頬がカーッと熱くなる。食べた直後より、舌先が甘い。なんだこれ。
初めての感覚に戸惑って、ありがとうも言えないでいると、先生はおもむろに立ち上がった。
「女子相手に同じ事やったらまずかったね。ごめんごめん、食べっぷりがいいから、なんか、ハムスターにエサでもあげてる気になっちゃって」
「ハムスターって、ひどくない?!」
「ひどくない、ひどくない。ハムスター、可愛くて好きだよ」
「そういう問題じゃなくて」
言ってる言葉と頭の中で考えている事がリンクしない。先生にどきどきする理由が分からなくて、目も合わせずにへらへら笑うことしかできなかった。
心は完全に、ここにあらずだ。
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