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高山先生と太陽くんの話10
「もう教えなくて大丈夫だね」
そう言った時の宮地の顔は、まさに青天の霹靂を体現したような顔をしていた。
「そうですよね。数学、この間なんか、80点も取れちゃったし」
〝取れちゃった〟と言った宮地の目は、俺の首にかかった名札に向けられている。
〝2年A組 担任 高山信太〟
「うらやましいなぁ、二年生」
ぽつりと言った宮地に、なぜ羨ましいのか問えないでいると、
「修学旅行もあるし、楽しそうだよね。早くおれも行きたい」
少しだけ無理しているような表情で、宮地はにーっと笑った。
「沖縄か、北海道か、東京。どこだろうねぇ」
ただの教師への感情じゃないものを薄々感じていたが、深く聞かないで、なんてことない話をする。
「赤点あると、修学旅行で補習あるって本当?」
宮地も同じように、当たりさわりのないことを口にする。
「噂はあるけど、僕が勤務してからはないな。修学旅行に行きたい子は、みんな必死に勉強するし。
……じゃあ、電車に乗り遅れないように気をつけて」
「はい。勉強、教えてくれてありがとうございました。今度は授業で」
語尾がほんの少しだけ上がった。半分だけ、疑問形。
俺は気付かないふりで、言い切る。
「うん、授業で」
まだ成績が上がる余地があったのに放課後の指導を終わらせた理由は、俺のほうにあった。単純に宮地が可愛くなっちゃったからだ。
先生、先生、と言われて懐いてこられたら、悪い気はしない。それも、他の先生方から、宮地は他の生徒同様、授業中雑談が多いし呼び捨てにしてくるし、可愛げがないと聞いてしまってからなおさら。
俺の授業だけ特別なのかと思い上がりそうになる。
その二週間後。
期末考査が終わり、生徒が帰ってからさっそく採点を始めた。
1年A組から始めた期末考査の採点は、D組の宮地で終わりだった。
問一、問二は全問正解。問三はいったんシャーペンで書いて、消した跡があった。その問題から解答欄が一つずつずれている。
わざとだろうなぁと、消しゴムをかけた後の紙の凹みを指でなぞる。
いっそ赤点取れば良かったのにと思いかけて、教師としての矜持を手繰り寄せる。
許される範囲の余計な一言をそえ、俺は丸付けならぬバツ付けに戻った。
―END―
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