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根も葉もある噂1

清水善×坂本誠 ―善―  学校の最寄り駅の階段を降りたところで、後ろから妙に甘ったるい声が追いかけてきた。 「善くぅん、おはよ〜う」  媚びた女の耳障りな猫撫で声。  朝、まこに癒されて富士山のテッペンくらいまで上り詰めていた気分が急降下する。 「……何か、俺に用?」  こういう時の女子は、大抵ロクなことを言わないとさして長くない人生の中でも、知っていた。 「坂本誠って人、友達? 昨日一緒にいたでしょ」  昨日の駅での出来事を見られていたらしい。 「友達だけど、それが?」 「じゃあ……あのウワサ知ってる? 知らないならね、善くんのために教えてあげないとと思って」  女は手を口元にそえる。ひそめたつもりの声が大きい。隠すつもりはなさそうだ。無言でいる俺に何を思ったのか、女は続けた。   「中学校であの人と同級生だった子から聞いたんだけどね。あの人って、小学生の頃から悪い人たちとつるんで、煙草吸ってたんだって」 「煙草?」  本当に小学生の頃からだとしたら早いけど、今どき煙草を吸うくらい珍しくもない。しかも今のまこからは煙草の匂いはしないし、もうとっくに過去のことなんだろう。  反応の薄い俺に、女はさらに続けた。 「ふだんは学校に来ないくせに、たまに学校に来たかと思ったら、明らかにラリってるっぽい時もあったみたい。薬って……ヤバくない?」  ラリってるって。もし違法な薬物をやってたら、そんなに簡単に止められるわけないだろ。まこは今普通に学校に行ってるわけだし。  さも深刻そうに言うけど、根も葉もない噂話にしか聞こえなかった。  焦れたように女は顔を歪ませ、最後の切り札といわんばかりに突きつけてきた。 「しかも中学校の時ね、先生殴って停学になったんだよ。しかも、その理由が――」  これ以上は醜い顔も見たくなかったし、言葉も聞きたくなかった。何の用事かと思えば、はなからまこを貶めることが目的だろう。  親切な振りをして、人を陥れるようなやつは嫌いだ。この女についやす時間は一秒だってもったいない。  俺は言葉どころかため息すらも返さず、女を置いて学校に向かった。

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