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少し時が戻りまして6

 幽霊に遭遇したかのような気分になる。 「ひっ、葵ちゃん!」  むしろ幽霊であってくれ。俺の祈りもむなしく、すらりと二本、白い足が生えている。当たり前ながら人間だ。 「いたの、誠だったんだ。相手したら重そうだからスルーしてたけど、抜くだけなら手伝ってあげてもいいよ。さっきの見といて、今さら本気にはならないでしょ」 「いやいやいや。陸人くんに悪いし」  陸人くんが浮気しない、と断言してたということは一応付き合ったということなんだろう。先輩の彼女に手を出す勇気は微塵もない。 「悪いって……さっきの、りっくんが浮気しないとか言ってたこと? どうせ高校にいる間だけだよ。昔から本気で相手なんかしてくれないの」  葵ちゃんの細い指が俺の手を絡めとる。 「……誠、可愛い。指の間、まだぬるぬるしてる。いっぱい出た?」  さっきの出来事を知らないままならなかなか美味しい状況なのに、気分が上がらない。  抜いたあとで完全にダウナーになっていた。結局、仮眠もとってねぇし。  綺麗な顔に似つかわしくない、いやらしい表情で葵ちゃんは俺を見上げてきた。  ファスナーに手を伸ばす葵ちゃんの手をつかんで止める。 「言いふらしたりしないっけ、勘弁して。今メンタル結構ぼっこぼこになってる」  俺は葵ちゃんにごめん、と言うと教室棟の一階にある保健室に向かった。  保健の先生に一言言って、一番奥のベッドを借りる。先生がいればさっきみたいなことに遭遇することはないだろう。たぶん。  遠くでざわざわと音がする。  完っ全に寝過ぎた。いつの間にか昼休みになっていたみたいで、購買に向かう生徒の足音で目を覚ました。  ベッドのカーテンがシャーっと開く。  眩しい金髪が目に入ってくる。中尾が、ベッドの足元にぼすっと俺の鞄を置いた。 「担任に聞いたら保健室だって言われたっけ、来た。はい、カバン。サボるにしても荷物くらい持ってけよな」 「悪い。昨日あんま寝てなくて、今まで完全に()ってた」  俺は固まった体をほぐしながら身を起こした。 「ふぅん、隈ヤバいもんな。今日だけじゃなく、前から」 「マジか。自分では大丈夫だと思ってたんに」  酷いと言われた目元を手で覆う。無駄だろうと思いつつも目の周りを指でごりごりほぐした。

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