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少し時が戻りまして7
側にあった丸椅子を引き寄せて中尾が言う。
「何があったか、聞いてもいいが?」
「ん〜……俺、今ダウナーだっけ、何言うかわかんねぇよ」
「そりゃ、見てりゃ十分わかるわ。言ってみな。ライオンの置物かなんかだと思って」
中尾の声が、思いのほか温かい。
「ライオンって、似てる自覚あったが?」
俺は少しだけ笑って、涙腺が緩みかけた目をおおった。
涙腺がゆるみそうだったからだ。ぽつぽつ話す俺の言葉を、中尾は時おり頷きながら聞いてくれる。
親父がアルコール中毒なこと、そのせいで荒れていて眠れない日もあること。酔って荒れてる日なのか、大丈夫な日なのかわからなくて、毎日家に帰るのが怖いこと。
中尾はすべて聞き終わると、明るくヨシ、と言った。ヨシの意味がわからない。
「ヨシ? ヨシって、何?」
「バイトがない日、誠の家行こっかな。バスの乗り換えまで三時間もあるっけ、スマホの充電さしてよ」
「……話、聞いてた? 中学の時の友達すらめったにこねぇんだけど」
「俺が行ったら、ちっとは寝られるろ? もうイメトレばっちりだっけ大丈夫。ゴキブリ出てきても驚かねぇ」
「俺が大丈夫じゃねぇし、ゴキブリが出るとは一言も言ってねぇぞ。そのイメトレ絶対間違ってるだろ」
断っても断っても、中尾の押しが強い。ゴーイングマイウェイ野郎か。
その日から中尾は、本当にしょっちゅう俺の家に押しかけてきた。モバイルバッテリーも持ってるくせに、充電させろと言って。
神経がよほど図太いのか、親父が荒れてる日も平気な顔で居座っている。
寝てな、と頭に似合わない優しい声で言われると、少し恐怖が和らいでストンと眠りに落ちることができた。
これは、いつの間にか〝まこっち〟なんて呼んでくる、やたらと派手な親友ができた日の話だ。
―END―
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