「俺も後から行くっけ、先に上がってて。つきあたって右ね」 「わかった。上がって待ってるね」 　玄関のすぐ側にある階段をのぼって、まこの部屋に向かう。 　そういえば、完全に二人きりになるのは初めてだ。 「さっさと押し倒せ」とか、「いやいやだめだよ、怖がらせちゃう」と、頭の中で天使と悪魔が囁いている。正直、悪魔がかなり優勢だ。 　気分を切り替えるためにさりげなく部屋を見回すと、スマートフォン用の充電器が二つあった。普通のやつと、コードが長いタイプ。 「お待たせ。って、何してるが？」 　部屋に入ってきたまこは無言の俺を見て、不思議そうな顔をした。俺の視線をたどって何を見ているか気付いたらしい。視線をそらしてもごもご言う。 「……あれ、気分によって変えるの」 「ふ～ん、充電器って、気分によって変えるものだったんだぁ」 　いくらなんでも言い訳が雑すぎる。わざと含みを持ったように言うと、 「本当は中尾のです」 　まこは気まずそうに訂正した。 「中尾よく来てるの？」 「……ん。父さんが酒で荒れてる時があるからさ。あまり眠れてないって知って、学校帰りに家に寄ってくれんの。その間ずっとゲームしてるから、充電が持たなくて置いてった」 　よく見ると充電器だけじゃなく、ヒョウ柄の毛布とか、まこの物じゃなさそうなものもあった。 　見ていれば、お互い友達としか思っていないのは分かるから、嫉妬はあまりしない――ってのは嘘で、けっこうしていた。 　まこと朝から晩まで一緒って、羨ましすぎるだろ。 　だけどその理由が、「眠れていないから」だと思うとすごく複雑だ。 　悪くないのにしゅんとしているまこの側に寄って抱きしめると、少し戸惑いつつも俺の背中に手を回してくれる。 　まこは俺の胸に頬を擦り寄せた。 「……気付かなくて、ごめんね。そんな状況なのに、毎日電話してくれてたんだ？」 　まこの側に行ってギュッと抱きしめた。少し戸惑いつつも、まこも俺の背中に手を回してくれる。 「そんなだっけ、逆に声聞きたかった。中尾といる時よりもっと、安心できるし」 「嬉しい。俺も、勉強で疲れたあと、まこの声聞くと安心する」 　少し長いまこの髪に顔を埋めると、微かに甘い匂いがした。 　まこが躊躇いがちに俺の名前を呼ぶ。 「あのさ、善」 「ん？　なぁに」 　 　まこの顔を見ると、何か言いたそうにしていた。話の間の取り方が電話でキスをねだる時と同じだ。 　合ってるかな？とほんの少し不安になりながら顔を近づけていく。