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初めての初詣5
そんなまこの姿を存分に味わい、俺はご機嫌で翔嶺高校の最寄り駅のホームに降りた。
今日の講習は午後からだけど、学習室はもう開放されている。そこで勉強する人だと思われる人たちも何人か降りていた。
俺と須藤のいる特進クラスはわりとお互い無関心なので、友達と問題を出し合っている姿が少しだけ羨ましい。中学の時も自信を持って友達と言えるほどの人はいなかったし。
まこには他にもたくさん大切な人がいるけど、俺にはまこと須藤しかいない。まこはたまに、
〝俺なんか〟って言葉を使う。その言葉を使いたいのは、本当は俺のほうなのに。
そんな事を考えていたら歩くペースが落ちていたらしく、まこと距離が開いていた。階段に足をかけたまこが俺がいないことに気づき、振りかえる。
その時、
「清水くん、あけましておめでとうっ、まさか朝から会えるなんて思ってなかったから嬉しい!」
ハイテンションで声をかけてきたのは、名前もよく知らない同級生だった。
俺は特進クラスにしては堅そうに見えないらしく、よく声をかけられる。俺自身じゃなくて、顔と成績と親の職業を見て声をかけているのが想像できるから、全く嬉しくはない。
「おはよう、じゃ」
まこを追いかけなきゃという風に頭がスイッチしていた俺は、気もそぞろに返した。まこを追いかけようとするが、コートの裾をぐいっと引っぱられる。
一旦立ち止まったまこは複雑な表情をして、ふたたび歩き出した。その肩が微かに震えているように見えた。
「清水くん?」
「ごめん、彼女と来てるから、離して。あとちなみにコート20万くらいするって親が言ってた」
わざと感じ悪く返事をする。名前も知らない女子の返事は聞かず、まこを追いかけた。
マズい、本気でマズい。
さっき虐めたあとなのにタイミングが悪い。虐めた、というか試した。まこが本当に俺のことを好きなのかなって。
試さなくても答えは分かりきっているのに、自己満足のためにそんなバカなことをした少し前の自分に説教したい。
改札を抜けたところでまこに追いついた。さらに走ろうとするので手首をギュッとつかむ。
急に触ったら嫌がるのはわかってたけど、もし不安定な気持ちのまこを見失ったらと思うと怖くなって。
「まこ、ごめん」
そんな言葉で足りないと思いながら、まずは謝った。
「何が? 別に謝るようなこと、してないろ」
まこは目も合わさず、ぶっきらぼうに言った。急に触られたら嫌なはずの手首は、振りほどかれなかった。
「さっき電車で怒ってたのは、ただの振り。ごめん、不安にさせて」
「そっか、本気で善に嫌われたがーかと思った。女子もいたし、俺今日いらなくね?って思ったら、側にいるのつらくて」
無理に笑うまこの目から、じわっと涙がこぼれる。追い詰めた俺のバカ。
「俺がまこのこと、嫌いになるわけないでしょ。ちなみにさっきの子、学校は同じだけど名前も知らない子だからね?」
「本当に? あの子となんもないの?」
「須藤に聞いてみて。俺、女っ気どころか、男っ気もない生活してるから」
「ぶっ、男っ気って、言い方がなんか怪しいな」
今度は本当の笑い声だった。だけど涙は急には止まらないらしく、目のふちに雫が残っている。
そんならよかった、と安心したように微笑むまこの姿を見て、罪悪感で胸がぎゅっといっぱいになる。
俺はまこの冷えた頬を包んで、濡れた目元を指でそっとぬぐった。
「それと、彼女と来てるからって逃げてきちゃった」
「だめじゃん、嘘ついたら」
「本当だもん、俺の彼女はまこだし」
「いや、男だから。彼女じゃあねぇからな?」
「じゃあ彼氏。それならいい?」
「……ん」
涙が止まっても頬を包んでいたら、まこの熱で俺の手のほうが熱くなってきた。さっきとは違う理由で、まこの目が潤んでいる。
『好きで、好きで、仕方ない』
俺の気持ちと同じ言葉が、まこの顔に書かれていた。
さっきの女子に思いっきり見られてるけど、この際だから見せつけてしまえ。見た目は少しガラが悪くても、俺の彼女――いや、彼氏、すっごく可愛いでしょ?
「ちょっと、さっきの子めっちゃ見てた! ねぇ、ガチで彼女って言ったわけじゃないよね?」
まこ、顔真っ赤にして、焦ってる。
かーわいいなぁ。
「言ったよ? 〝彼女〟と来てるからって」
ウインクをパチンとすると、まこに無言で肩を殴られた。
結構パンチが重い。本格的な――プレートで重さを変えるタイプのダンベルを愛用してるだけあるな。殴り合いになったら正直、勝てる気がしない。
「暴力反対」
自分が悪いと自覚しつつ抗議すると、まこはアヒルみたいに尖ったプリティな唇をさらに尖らせた。
「ふざけた事ばっか言ってるからだし」
「ンフッ、まこが可愛くて、ついつい」
「可愛くない! 男に可愛いっておかしいだろ」
俺の言葉に間髪入れずに言い返すまこ。だけど、そっぽを向いて嬉しそうに頬を緩ませている。そういう所が可愛いんだっていう自覚は全くないらしい。
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