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初めての初詣7
三が日が過ぎたお寺には人の気配がなかった。シンと静まりかえっている。俺たちは、天井に龍の絵が書かれた大きな木の門をくぐりながら境内に入った。
お寺に入る前に善と繋いでいた指はそっと外した。いくら参拝者は居なくても、さすがにお坊さんは居るだろう。仏様がどうとか以前に、人様に見られたら非常に気まずい。
そんな俺の心を知ってか知らずか、善はわざとらしくプクーッと頬を膨らませている。さっきの今で、ただ怒った振りだとわかるからスルーしておこう。
雪囲いでおおわれた細い石畳の通路を進み、手水舎で手と口を清めた。氷水に浸したみたいに冷たくて手が真っ赤になっている。
ハンカチで手を拭いたあと、手をもぞもぞさせていた善に釘をさしておいた。
「手は繋がないからな」
「寒そうなのに? おてて真っ赤だよ?」
「寒くても、真っ赤でも。お坊さんに見られたら気まずいろ」
本殿の前まで行き、賽銭を入れてから鈴を鳴らす。がらんがらんと重たい鈴の音がした。
手を合わせて願い事を思い浮かべる。
俺が浮かれ野郎でも、〝善とずっと一緒にいられますように〟なんて頭がお花畑なことはお祈りできなかった。
そっと隣を盗み見てから、改めて目を閉じる。
〝善がずっと幸せでいられますように〟
そう願った。お互いの家のこととか、将来とか、俺の過去を思えば、一緒にいる未来なんて願えない。
医者は子供に跡を継がせないと生活水準が下がるらしく、無理やりにでも子供に継がせると聞いたことがある。しかるべき相手と結婚することも前提なんだろう。
本殿を出てから、善がすすす、と近づいてきた。俺の耳元でささやく。
「まこ、何お願いしたの? 俺はね、まことディープちゅ――」
善がふざけたことを言い始めたので、それ以上変なことを言わないよう、善の唇をムニュッとつまんだ。寺の中で不謹慎な。
「まだ、寺の中な。それに、願い事は言ったら叶わねぇらしいよ」
そんなふざけた願い事をしてもいいなら、俺も、〝善が色々自重してくれますように〟っていう願い事に変えるぞ。
善が静かになったので、むにっとしていた唇を離す。善が何か見つけたみたいだった。
「まこ、おみくじがあるよ。俺は小さい頃に引いたきりだけど、まこはやるタイプ?」
「俺もずっと前にやったきり。引いてみる?」
無人の社務所で箱に100円を入れる。おみくじを引くと、大凶が出た。
最悪だ。俺はすぐにおみくじを高い所に結んだ。
《恋愛 隠し事をすると凶》
おみくじ引く前からいい結果が出ないことなんてわかってたじゃん。なのに、なんで引いたんだろう。やっぱり今日はなんかダメだ。無性に不安になる。
善は俺の手をとると、そっと白い紙を手にのせた。善の分のおみくじだ。
「大吉だったから、まこにあげる。記念にとっておいて」
「なんの記念?」
「初デート記念」
善が手渡してくれたおみくじには、〝恋愛 叶う、隠し事 人のためならば吉〟と書かれていた。おみくじって取っておくもんなんかなぁ?と思いつつ、何回か折ってポケットにしまう。
「まだ時間あるけど、寒いから戻ろっか。待合室とかいればいいし」
善は優しく言って、俺の背中をポンポンとなでた。
「そうだね、風邪引いても大変だし」
門を出ると、善は俺に手を差しだした。さっきと同じように指先だけ絡めると、ぎゅっと握りなおしてくれる。
「指だけより、こっちのほうがいいでしょ? あったかいし、まこが近くに感じる」
善の言葉に小さく頷く。
あーもう、好きだ。付き合ってからもっと好きになった。思ってたより変なやつだったけど、それでも好きだ。離れたくない。ぎゅっと手に力をこめると、善が優しい声で言った。
「遠回りになるけど、人がいないほうから帰っていい? 駅まで繋いでたい」
「もちろん。寒いけど、二人でギューってするとあったかいね」
町から外れて線路沿いの道で帰った。昔は温泉街もあったけどすっかり寂れた町は一本外れると車すらも走っていない。
いつか離さなきゃいけないなら、今は繋いだままでもいいよね?
誰からも、仏様からだって答えは返ってこない。自分で肯定して、善の手をもう一回ぎゅっと握った。
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