16 / 23

4-1 かまくらづくり

 2月も末。  早いもので、俺がここに来て1ヶ月が経とうとしていた。  だいぶ気分は安定していて、でもそれは色々見ないようにして過ごしてきたからなのだけど、そろそろ考えなければならないことが出てきた。  お金と仕事のことだ。  全部放り出してきたから、月末には色々な代金の引き落としがあるはず。  銀行口座はすっからかんだけど、下手に解約手続きをして生きていることがバレたら怖いので、そのままにしていた。  仁井田さんのものは全部ほっぽりだしてきた。  でも新しい弓弦は、お金を稼がないといけない。 「仁井田さんがやってた仕事って、家でできないの?」  お昼ご飯のあと、ふたりでコーヒーをすすっていたら、急にこんな話題を振ってきた。 「フリーランス向けのサイトがあるよ。企業が『こんなもの開発してください』って募集してるのを、フリーランスが受注する。プログラミング言語っていっぱい種類があるから、自分が書けるもので良い条件のを探すって感じかな」 「弓弦は何個くらい書けるの?」 「えーと」  C、Python、Ruby、SQL……罵られながら叩き込まれたものを、指折り数えていく。 「細かい派生のまでカウントしたら、12個くらい」 「えっ、そんなに? じゃあ家で全然できるんじゃないの」  俺は、ちょっと目をそらした。 「住所どうするんだとか、フリーランスだと確定申告しなきゃだよなとか、生きてるってバレそうなことするのが怖い」  蓮は黙って俺の顔をじーっと見つめたあと、真顔のまま、こてっと首をかしげた。 「家族にだけ、生きてるって言えば?」 「え?」 「だって無理だろ? いつまでもこうしてコソコソ生きるの。仕方なく違法な仕事してまたメンタルやられて死んじゃうとか、オレやだよ」  かつての上司の脅し文句を思い出す。  辞めたら実家に殴り込むとか、そんなことを言っていた。  迷惑をかけているかもしれない家族に連絡を寄越すのは、辛い現実に向き合わなくてはいけないようで、少しキツイ。 「オレ調べたんだけど、バックレで辞めても損害賠償とか請求されないし、自動的にクビになって終わりみたい。そんな深く考えることでもないような。っていうのは、ここまで弓弦ががんばって立ち直ったから言えるんだけど。知ってたのに黙っててごめんな」  そう言って蓮は、俺の頬を両手で包んで、短くキスをした。  色々調べつつ、俺が自分から何か言い出すまで待っていてくれたんだろう。  30分ほどふたりで色々考えて、まずは手紙を書くことにした。 ――父さん、母さん、兄ちゃんへ   心配かけてごめんなさい。生きてます。   自殺しようとしていたところを止められて、いまそのひとの家に住んでます。   信頼できるひとなので、安心してください。   いまは誰とも関わりたくないのでどこにいるかは教えられないけど、絶対死なないと約束するし、もしまだ捜索願いを出してるなら、取り下げてもらえるとありがたいです。   気持ちと生活が安定したら、電話します。   ゆづる  差出人の住所は書かなかった。  書いてしまったら少しスッキリして、うんと伸びをしながら窓の外を見た。 「あれ? 雪やんだ?」 「っぽいな」  昨日の夜からしんしんと降っていた雪は、今年最後だろうと天気予報で言っていた。  窓際に寄って外を見ていた蓮が、こちらを振り返った。 「かまくら作って遊ばない?」 「え?」 「こんだけ積もってたらできそう」  顔が、作りたくて仕方がないと言っている。 「うん、いいよ。やろう」  蓮は、にひひと笑いながら、キッチンへ向かった。  アパートの外、砂利敷きの駐車場には20センチくらい積もっていた。  誰も歩いていない、真新しい雪。  ふたりの足跡が点々とついていて面白い。  蓮は、お玉と、A4ファイル5冊くらいが入る収納ボックス、そして、1.5メートルほどのビニールテープの両端に菜箸(さいばし)をくくりつけたものを抱えていた。 「何それ」 「見ればわかるよ」  適当なところにしゃがんだ蓮は、菜箸の片方をぐさっと地面に突き立て、もう片方を持って、ぐるりと1周回った。  コンパスの要領で、きれいな正円が描かれる。  コートのポケットに突っ込んだ軍手のひとつを俺に手渡した。 「この線の外側に、雪を積んでいきます」 「なるほど」  さすが建築学生。まさか、かまくらづくりまで寸法を測るとは。  蓮は俺にお玉で雪をほぐして集めるように言い、柔らかい雪をボックスに詰めていった。 「何してんの?」 「雪のレンガ作ってる」  ペシペシと固めてひっくり返すと、きれいな四角いかたまりができた。 「弓弦、積んでってくれる?」 「普通に並べてけばいいの?」 「そう。すきまになりそうなとこは、削るか埋めるかして」  せっせとレンガを作り、ふたりでああだこうだ言いながら並べて、たまに不意打ちで雪玉を投げられて仕返しして雪合戦になったり。  はたから見たら大の男がふたりで何やってんだって感じだろうけど、俺は幸せで仕方がなかった。  1時間ほど作業してできたそれは、つるっと完璧なドーム。  八方どこから見てもまっすぐだ。 「あはは、うまくいったー」 「こんな頑丈に作って、春先まで溶けなさそう。すごい迷惑なもの作った感じがする」  笑いながら、中へ入ってみる。  しゃがんで大人がひとり分。  中もつるつるで、最後蓮が熱心に仕上げていたのを思い出して、頬がゆるんだ。 「弓弦、ちょっと顔出して」  呼ばれてひょっこり顔を出すと、写真を撮られた。そして、そのままキスされる。 「んんっ」  外で何てことしてくれるんだと思ったけど、そんな俺の心の声を見越してか、「見えないよ」とささやいた。  顔を離すと、寒さで頬と鼻が少し赤くなった蓮が楽しそうにしていて、死ななくて良かったな、とぼんやり思った。  手紙は消印でバレたら困るので、塔南寺駅から20分ほどの大きな駅まで行って、投函した。  蓮がちょっと服が見たいというので、ついていくことにする。  一体どんなおしゃれな店に連れて行かれるのかと思ったら、まさかの、古本屋とリサイクルショップがくっついた大型店だった。  そして迷いなく進んだのは、500円均一セールのカゴ。 「オレ、ここでしか服買わないんだ」 「え? いま着てんのも?」 「そうそう。見えないだろ? オレ、自称安物買いの達人だからさ」  そう言いながら、春物のパーカーを真剣に選んでいる。 「全然見えないし、家のインテリアとかもこだわってるから、そういうのお金かけるタイプかと思ってた」 「あー、家はね。こだわってはいるけど、実はお金は全然かかってない。家具はほぼ全部自作。ソファは先輩が使わなくなったやつもらった。電化製品はほとんど中古。ちなみに部屋も訳ありな」 「は!?」 「独身サラリーマンのおじさんが心臓発作でぽっくり。殺人とかじゃないしまあいいかって思って」  あっけらかんと話す蓮は、薄いグレーのパーカーを体に当てて、「どう?」と聞いてきた。  俺は、こっくりとうなずくだけ。  蓮がそういうタイプだなんて、1ヶ月も一緒にいたのに全然気づかなかったし、なんというか……すごく、すごく意外だった。 「蓮ってさ、やっぱ変わってるよ」 「そう?」 「普通さ、雑誌なんか載ったら、ちょっと良い暮らししようとかかっこつけようとか思うじゃん」  本気で不思議に思って聞いたけど、蓮はキョトンとする。 「ん? オレ、良いと思うものしか手元に置かないよ?」  やっぱりどこか、ズレている。  蓮は周りをキョロッと見回し、俺の腰を抱いて引き寄せ、耳元でささやいた。 「だってさ。みんなが知ってる綺麗なものを手に入れるより、オレしか見つけらんなかったものを探り当てたときのほうがワクワクする」  キスしようとしてきたので、ひざ裏に思い切り蹴りを入れた。

ともだちにシェアしよう!