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全身力を入れっぱなしだったからか、体中がだるい。
1ミリも動ける気がしない。
散々猥語 を口にしてしまったわけだけど、絶叫しすぎて喉がはりついて、言い訳も出てこない。
ただぽってりと、寝そべる蓮の隣に寝転がって、目をトロッとして甘えているだけ。
蓮は、愛おしそうな目で俺の顔を眺めながら、まるで猫にするみたいに、何度も何度も頭をなでる。
「れん」
舌足らずに呼んだ。
「ん?」
「すきだよ」
チラッと目線だけ上げると、蓮は大きく目を見開いていて、でもすぐに、幸せそうに笑った。
「うれしい」
「だいすき」
1度言ってしまえばなんてことはなくて、何度も「好き」と言いながら、頬や耳、首筋にキスをした。
「心配しないで。俺もちゃんと蓮のこと好きだから。助けてもらったからここにいるわけでも、お金がないからここにいるわけでもなくて、蓮が好きだからここにいる」
「ん。そっか」
「それに、蓮と一緒にいたいから、そろそろ動き出そうかなって思い始めた」
ふたりきりの世界は本当に居心地がいいけれど、いつまでもこうしていたら、この世界は維持できなくなってしまう。
「何かすんの?」
「在宅で仕事するよ。良かった、あの日パソコンぶっ壊さないでおいて」
「じゃあ、オレも。実は」
もそもそと下着だけ履いた蓮は、パソコンデスクの引き出しから、ピラッと書類を持ってきた。
「復学届。元々は1年休学しようと思ってたけど、弓弦と寝てたら咳出ないし。新年度から普通に学校行くことにした」
「そっか。大丈夫そう?」
プレッシャーからきた症状だ。
行くと決めたらまた体調に支障が出るのではと心配になったけど、蓮はにひひと笑った。
「学校が融通利かしてくれたんだ。2年の最後に受けらんなかった授業、レポート課題全部やったら単位くれるって。留年せずに済みそうです」
「量多いんじゃないの? いっぱいいっぱいにならない?」
「無理なときは弓弦に甘える」
特例的にそんな風にしてもらえたのは、やっぱり学校としても、期待の倉本くんに留年して欲しくないということなのだろう。
それをまた本人がプレッシャーに感じなければいいなと思ったけど、再び布団にもぐりこんできた蓮の顔を見たら、大丈夫そうだなと思った――すっごく甘えたな顔をしている。
「恥じらう弓弦も可愛いけど、乱れて求めてくる弓弦もそそられるなあ」
「何思い出してんだよ」
「課題で疲れても、さっきの脳内再生したら集中力戻ってきそう」
「ほんと?」
むぎゅむぎゅとくっついてくる蓮は、子供みたいだ。
そっとキスしてみると、うれしそうに笑った。
「弓弦は? どういう計画? 手伝えることあるならしたいけど」
「スマホとポケットWiFi契約。そしたらお仕事スタート」
「そんな簡単なの?」
「始める分にはね。でも、フリーランスのプログラマーで食えるほど稼ぐって、実はどっかに勤めたほうが早い説もあって。頑張んないとな」
学生時代の知り合いの中には、フリーでやるといって就活をしなかったひとが何人かいたけど、みんな結構大変そうだし、早々に第二新卒で勤め始めたひともいた。
「弓弦はすごいや。やるってなったら、切り替え早い」
「蓮は学校行くじゃんか」
「学校なんて、遊んでるのと変わんない」
本棚をちらっと見る。
あの難解そうなテキストを『遊んでる』と言ってしまう蓮。
世のひとはそれを『天才だから』と言うかも知れないけれど、俺は、蓮が『勉強が楽しくて仕方ないひと』であることを知っている。
ソファに座り、寝る前の読書をする蓮の横で、久々にノートパソコンを開いた。
起動し、中も見ずにまるごと初期化。
「最後の仁井田さんの遺品整理が終わりました」
「よかった」
「おかげさまで」
身元を隠そうとしていたときは、住民票をどうするとか、免許の更新どうしようとか、先の先まで考えて不安になっていたのだけど、家族に一筆書いたことで、すごく気が楽になった。
すごく些細 なことだけど、これで、新しい弓弦として生きる第一歩は踏み出せたと思う。
「前に蓮が、『自分のやりたいことやっても、俺と一緒に暮らすのは変わらないから、置いてかない』みたいなこと言ってくれたじゃん。あれすごいうれしかったんだけど、でも俺1個気づいて。もし蓮が、留学するとか外国で仕事するとかになったら無理じゃん」
「あー……海外」
目線だけ天井に向けてしばらく考えたあと、こちらに目を合わせてこくんとうなずいた。
「考えてなかったけど、ありえると言えばありえるかな」
「だから仕事は、会社勤めじゃなくて、フリーランスにしようかなって。家事も全部請負いましょう。蓮には、やりたいことをめいっぱいやって欲しいし、世界中どこでもついていくから」
忙しく飛び回るであろう蓮を全面バックアップして生きることにした。
蓮の様子を見ると、何故か顔を赤くし、口元にこぶしを当てて照れている。
「どうしたの?」
「……なんかそれって……結婚するみたい」
意外な反応に、笑ってしまった――もっと、常識からズレた感想が返ってくると予想してたのだけど。
「蓮が言ってくれたんじゃん。好きなひとに一生捧げるって。俺もそうする。元々死んだ命だし、自分のやりたいように生きたいから、蓮を支えるね。それから、個人的にも夢はちょっとあって。面白いウェブサービス作ったり便利なスマホアプリ作ったり……色々」
「弓弦。オレ、うれしい」
我がことのように喜んで、ぎゅっと抱きしめてくれた。
夢、なんて言葉は、とっくの昔に抹消させてしまったものだったから、こんな風に誰かと共有できるなんて、思わなかった。
翌日、蓮は病院へ行った。
検査の結果、何ともなく、無事『復学してOK』の診断書をもらって帰ってきた。
「レントゲンも血中濃度も肺活量も色々見てもらったけど、なーんも。まあ、元々なーんもないのになぜか咳が出るっていう訳分かんない状態だったから、いまさら何も出るわけないんだけど」
そう言って、機嫌よさそうにクリアファイルに差し込む。
「診断書にはなんて?」
「意見欄に『精神的なものだから、ストレスを溜めてしまうような無理をさせないように』みたいなことを書いてくれたらしい」
「それはありがたいね」
記入済みの復学届もファイルに入れて、リュックへ。
ファスナーを閉じたところで、蓮が何かを思い出したように、ふふっと笑った。
「何笑ってんの?」
「……いや、さ。先生に咳止まりましたって言ったら、最近何か変わったことはって聞かれたんだよ」
「なんて答えたの?」
「恋人ができた、って言った」
「ええ……?」
やっぱり蓮はちょっとズレている。
医者に体調の変化を聞かれて恋人云々を言うひとはなかなかいないし、個人的な話に抵抗がないのなら、はじめから心療内科に行けばよかったのに。
「そしたらさ、大事にしなさいって言われた」
「呼吸器の医者に?」
「そう」
笑い話のようだけど、そう言うってことは、実際それで体調が良くなるひともいるということなのだろうか。
「一応、経過観察のために半年に1回は病院に行くってことになってるけど、それ以外は普通に過ごしてOK。だから、あとはもう、弓弦と遊ぶだけだな。健康に良いとお墨付きだし」
「食べ物みたいに言わないでよ」
「なに、食べ物だろ」
耳をパクッとかじられて、変な声が出た。蓮は大笑いしている。
「あした学校に出しに行くけど、弓弦も来る?」
「うん、門の前くらいは見学したいな。んで、そのあとスマホ契約しに行ってもいい?」
「分かった」
色々、動き出す。
変わるときが来たんだな、という気がした。
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