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 実家に着いたのは、まもなく日が暮れるというところ。  駅に着いた時点で電話は入れたので、待ってくれていると思う。  蓮は玄関ポーチから少し離れたところに立っていて、俺はひとりでインターホンを押した。 ――ピンポーン  ドアが開いた。出たのは父。ぶっ飛ばされるかと思ったら、抱きしめられた。 「弓弦、無事でよかった」  ギャンギャン泣いた母も出てきて、父が1歩下がると、母は裸足のまま飛びついてきた。  頭を何度もなでながら、抱きしめられる。  サンダルを突っかけて出てきた兄は、俺の肩をぽんと叩いたあと、蓮のほうへ向かっていった。 「はじめまして。弓弦の兄の充希(みつき)です。弟がご迷惑をおかけしました」  兄がペコリと頭を下げるのを見て、両親も慌てて蓮のところへ駆け寄り、深々頭を下げる。  蓮は困ったように笑いつつ頭を下げている。  その4人を見て、本当に迷惑かけたと、情けない気持ちになった。  懐かしいリビングは、もう2度と来ない予定の場所だったので、すごく切ない気持ちになった。  面と向かって座った俺は、3人に、会社でひどい目にあっていたことと、死のうとした日のことを話した。 「なんで相談しなかったの」 「最初は心配かけたくなくて、でも最後の方は、死んで楽になりたいしか考えてなかった。死ねば全部解決だしって」  父が、重々しく口を開いた。 「弓弦がいなくなってからの会社の対応を見て、なんとなく気付いていたよ」  泣き止んだ母は、目元を真っ赤にしたまま話し始めた。 「いなくなった当日は、会社の方から連絡が来て、皆で電話したけど出ないし、アパートに行っても居ないし。課長さんはすごく心配して何度も連絡してくれたけど、1週間くらいしてから、一方的に解雇するっていう書類が送られてきたのよね。すぐに電話で問い合わせたけど、事務の女性が流れ作業的に対応してくれただけで、上の方からの説明もなく。しばらくして、荷物が段ボールに詰め込まれて全部送られてきて……弓弦は大切にされていなかったのかなと思って、悔しかった」  長く語った母は、そう言ってまた涙の粒をこぼした。  悔しかった――まさか、そんな風に思ってくれるなんて。  自分の不甲斐なさと、泣いてくれていることに胸が締め付けられて、俺も泣いた。  兄が蓮に頭を下げる。 「2ヶ月も迷惑かけてすいませんでした。引き取りますんで」  蓮が、チラリとこちらを見た。俺は、小声で言う。 「実は、これからも蓮と一緒に住もうと思ってる。その……」  しかし、言う勇気が出ず、うつむいてしまった――蓮みたく、ばんと言えないのが悲しい。  蓮は兄に向かってニコニコと答えた。 「全然迷惑とかじゃなくて。僕、大学2年生なんですけど、実は体調を崩して休学していたんです。でも生活面でかなり弓弦さんに助けてもらっているし、おかげさまで体調が良くなりました」  安心させるよう言ってくれたけど、父は、「休学中に面倒を見させてしまって申し訳ない」と言った。  兄が頬杖をついたまま俺を見る。 「仕事どうすんだ?」 「フリーでやる」 「安定してないのに学生さんのとこに転がり込んで、生活費かさんだら負担になるだろ」  母は、心配そうにたずねた。 「戻ってきたら? ちゃんと元気になるまで、生活のことカツカツしなくていいから」  俺が蓮のことをチラリと見たのを、父が見逃さなかった。 「弓弦、言いたいことがあるなら言えばいい」 「え?」 「言いたいことが言えないせいでまた死なれたら、かなわない」  父は、悲しそうな目をした。  もしかしたら、正直に相談しなかったことは、父を傷つけてしまったのかもしれない。  俺は、包み隠さず言うことにした。  顔が真っ赤になっていくのが分かる。でも逃げてはダメだと思い、父の目を見て話し始めた。 「俺たち、恋愛的に好き同士で、一緒にいないとダメっていうか……お互い弱いから一緒に生きていこうって言ってて……」  しどろもどろに説明する。のどがかわいて、ゴクリと唾を飲む。 「だから頑張って仕事するし一緒に住もうと思ってる」  母親を見ると、面食らったまま固まっていた。そして、またぼろぼろと涙をこぼし始める。  そりゃ、帰ってきた息子が突然同性愛とか言い始めたら、ショックだよな。  しかし父はなんでもない風だった。  兄は、はあとため息をついて母に言う。 「別にいまどき驚くことでもないでしょ。それに、弓弦は24年間彼女ナシだし、元々孫の顔なんて期待してなかったじゃんか。いまさら何に悲しむ必要があんだ?」  兄のフォローの仕方はやや不名誉ではあったけど、母を落ち着かせる効果はいくらかあったらしい。  蓮は、穏やかな表情で言った。 「年下ですし学生ですし、頼りないとは思うんですけど、弓弦さんのことを大切に思っているので、お付き合いしてもよろしいでしょうか」  すると、父親が笑い出した。 「まるで結婚のあいさつだね」  帰ってきて初めて見る、家族が笑う姿。蓮は、少しはにかんでいる。  なんだかこのふたりは波長が合っているような気がして、さっき蓮が言っていた『大事なひとと親が仲良くしてくれたらうれしい』という気持ちが分かった。  俺は、母に声をかけた。 「親不孝かな、男同士とか気持ち悪い? ごめん。でも俺、せっかく拾った命だし、自分の思うように生きてみたいって思ってて」  母は、こくりとうなずいた。 「弓弦という名前は、自分の思いをまっすぐ貫けるようにという意味でつけたから。弓弦がそう思うならそれでいいよ」 「ありがとう」  それ以上、言葉が見つからなくて、ただ母の顔を見つめる。 「蓮くん、学校どこなの?」  唐突に兄が聞いた――子供の頃から、充希は空気を変える天才だと言われている。 「明和工業大です」 「へー、あったまいいんだ」 「いえ」  蓮があいまいに笑うので、俺も少し笑って言った。 「倉本蓮で検索したらいっぱい出てくるよ。建築のすごい賞取って、雑誌載ったりしてるから」 「ちょっ、ゆづる」  焦る蓮。  あんまりすごいとか言われたくないかなとも思ったけど、無関係な大人がちやほやしてくるのとは意味合いが違うし、これから長く付き合ってもらえるのなら、蓮がどういうひとなのかは家族に紹介しておいたほうがいいかなと考えた。  父が、テーブルの上に置いてあったタブレットを手に取りすいすいと操作する。 「へえ、最優秀賞。すごいね」 「運に恵まれまして……」 「え、どれどれ?」  兄がのぞき込む。 「学生の受賞は初めて。マジですごいじゃん。あ、この過去の受賞者のひと、ビジネス書で見たことある。有名人だよね?」 「若手世代でいま1番勢いがあるひとですね」  父が母にタブレットを手渡す。するすると検索結果を眺めながら、驚いたように声を上げた。 「すごい、立派な……本当に弓弦でいいの? 平凡だし、こんな華々しい世界とは無縁な子だけど」 「は? 母さん?」 「それに蓮くん、イケメンじゃない。モテそうなのに、男性と付き合うなんてもったいない気がするんだけど。どうして弓弦なの?」  頬に手を当て、本気で困惑したように母がたずねる。  蓮のすごさを分かってくれたのはうれしいけど、変な方向に話がいってるような。  蓮は、あははと笑ったあと、穏やかな顔で言った。 「弓弦さんじゃないとダメなんです」  恥ずかしくて、真っ赤になってしまった。  帰りの電車。そこそこの混雑の中、窓際に寄る。  どっと疲れが出て、人目も気にせず蓮に体を預けると、背中をぽんぽんとされた。 「よかったな。ご両親もお兄さんも、ちゃんと弓弦のことあきらめずに待っててくれてた」 「うん」 「それに、オレたちのことも。受け入れてもらえて」 「うん。すごくうれしい」  あのとき死ななくてよかったと、本気で思った。  それに、ようやく立ち直れた気がする。  2ヶ月もぐじぐじうだうだする俺に、つきっきりでいてくれた蓮。  助けてくれたのが蓮でよかった。  好きになったのが蓮で、初めてキスしたり触れ合ったりしたのが蓮で、よかった。

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