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お化け屋敷リポート②
リアクションって何。 どうやるの。
出来ないから教えてくださいって言ったのに、聖南は「心配するな、葉璃は出来るから。 俺しか知らなくていいと思ってたのに」と訳の分からない事をニコニコで言って、大きな手のひらで俺の背中を撫でた。
聖南……俺が不安でいっぱいなの分かってるくせに、嬉しそうに着ぐるみのもふもふを楽しんでた……。
「ハル君、お化け屋敷怖いの?」
「愚問だろ、ケイタ。 ハルがお化け屋敷大好きだって言うならこんな顔してねぇよ」
ロケバスを降りた俺に声を掛けてきたのは、甘い顔立ちでメロドラマに引っ張りだこのケイタさん、そしてお堅い刑事ドラマ等の出演が多いアキラさんだ。
ちなみに聖南は、プロデューサーさんに呼ばれて向こうへ行ってしまった。
「いえ……お化け屋敷自体は楽しみなんですけど、望まれてるリアクションを出来る気がしなくて」
「リアクションかぁ。 世間にはハル君のあがり症認知されてるんだし、いいリアクション取らなきゃって考え込むとかえってわざとらしく見えちゃうかもしれないよ。 リラックスして、リラックス!」
「ケイタがまともな事言ってんな」
「うるさいよ、アキラ。 俺にだってハル君を励ます事くらい出来るんですー。 あ、そういえばペア決めはくじ引きなんだよね?」
「そうらしいな」
くじ引きかぁ……。 ペアって事は二人一組だよね。
って、え、いや待ってよ、……て事は、俺達ぜんぶで五人だから一人あぶれちゃうよ!? さすがに一人でお化け屋敷の中に入るなんて無理だって!
「……葉璃、台本読んだ?」
撮影開始の準備に追われる、スタッフさん達の慌ただしい行き交いを見守る中、俺の心を読んだ恭也が隣にそっとやって来た。
ユニットの相方である恭也とは、デビューする前から親友だ。
根暗友達だったのに、デビューが決まった日から着々と恭也は垢抜けていって、今や出会った頃の面影がないくらい見違えた。
ただし、変わったのは外見だけで、ゆっくり穏やかに喋る優しげな雰囲気は今も変わらない。
「あ、恭也っ。 もちろん読んだけど、くじ引きにてペア決め、としか書いてなかったよ! 誰か一人は独りでまわるってことだよね? 一人で? 一人でなんて厳しいよねっ?」
「葉璃、落ち着いて。 その様子だと、最後まで、読んでないね?」
「な、なんて書いてあった?」
「くじでドクロマークを引いた人は、二回まわる」
「えぇっ!? 二回も!? 嫌だ!」
「ふふ…っ。 葉璃がドクロマーク引くとは、限らないよ?」
それはそうだけど……!
お化け屋敷に入るって事よりも、どうリアクションを取ればいいのかで頭がいっぱいな俺は、二回もまわるとなるとパターンを変えなきゃなんないって事まで考える。
ケイタさんからリラックスして、と言われたけど、それは相当難しいアドバイスだ。
こんな事なら、歌番組に出演させてもらった方が遥かに気が楽だよ。
「カメラと音声チェック入りまーす! CROWNさん、ETOILEさんはこちらへ!」
閉店後のショッピングモールに響き渡る、ADさんの号令。
お化け屋敷の前で五人が整列すると、いよいよ現場が撮影ムードに入る。
マイクを持った司会進行役のアナウンサーさんもやって来て、端に居るケイタさんの隣に並んだ。
ヤ、ヤバイ……始まる……。
ただでさえカメラが回ると心臓がバクバクしてくるのに、歌番組ではない今日はやる気スイッチを入れられない。
自分でもどこにあるのか分からない、そんなスイッチなんかあって無いようなもんだ。
「葉璃、ガチガチじゃん。 ぎゅーしよっか?」
スタートがかかる直前、前を見据えたままの聖南が俺にしか聞こえないような小さな声で囁いた。
中央に立つ聖南の右隣が、俺。
俺達は、そう簡単にハグする事さえ許されない秘密の関係だから、それを承知である聖南の右手が俺の背中をずっともふもふしている。
スタートが掛かり、アナウンサーさんの企画説明が滞りなく進行してる間も、ずっと。
───がんばれ、って事だ。
本番が始まってしまった手前、中断も出来ない状況下で聖南は、自身の体温を使ってもふもふ越しに手のひらから励ましのエールを送ってくれていた。
背中から伝わる温かさが、じんわりと全身に広がる。
そんな聖南の鼓舞はいつも以上に長く、そして効いた。
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