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お化け屋敷リポート⑤

 前方に光が見えた瞬間、なりふり構わずアキラさんの手を握って出口までダッシュした。  俺はこんなに焦りまくってるのに、めちゃくちゃ笑ってるアキラさんは最初から最後まで余裕そうだった。 「はぁ……っ、はぁ……っ、」 『アキラさん、ハルくん、お疲れ様でした! 待機している皆さんと、腹を抱えて笑わせて頂きました! ハルくんの意外な一面を見ましたね!』  冷たい風に背中を押されて、入り口の隣のゲートから勢い良く飛び出した俺にアナウンサーさんが笑顔で近付いてくる。  ───なに? 腹を抱えて笑ったって……?  笑うとこ、あった……?  ていうか、「お疲れ様」って言ってくれた聖南も、ケイタさんも、恭也も、まだ笑ってるし。  ホラー映画を観ながら絶叫していた俺を見て、聖南が爆笑していたあの夜と今が嫌でもリンクする。 「お化け屋敷ってこんな楽しいんだな。 ハル、ありがと」 「……? お疲れさまでした……」  なんで「ありがと」なんだろう。  先輩であるアキラさんに自撮り棒を託し、しっかり俺の事も撮影してくれていた腕にしがみついて、俺はただ叫んで喚いて撮影の邪魔して、最後に暗闇を走り抜けただけだ。 「な、言ったろ? 葉璃は出来るって」  まだ治まらないドキドキをどうにかしたくて何度も深呼吸していた俺の元へ、メイクさんを引き連れた聖南が満面の笑みで俺の肩に手を置いた。  指先まで綺麗な聖南の人差し指が、俺のほっぺたにプニッと突き刺さる。 「……聖南さん……」 「スタッフ陣もみんな爆笑。 早く恭也との画も撮りてぇって言ってるから、スタンバイしてやって」 「えっ!? も、もう行かなきゃですか!」 「早く早く。 俺も見てぇから」 「ちょっ……? 聖南さーん……っ」  手早くメイクを直された俺の背中を押す聖南が、この仕事が決まってからなぜあんなに機嫌が良かったのか、やっと分かった。  俺の怖がってる姿見て、面白がってるんだ。  ……ひどいよ。 クスクスと上品に笑うんじゃなく、遠慮なしにゲラゲラ笑う聖南含めた大人達みんな、ひどい。 「葉璃、行こうか」 「…………っ」  音声チェックを終えると、すぐにカメラが回り始めた。  許されたのは水分補給だけで、心拍数がそれほど戻ってないなか俺はまたもやお化け屋敷の入り口に佇む。  アナウンサーさんに促されて、恭也にも促されて、ほんの五分前くらいに突破した恐怖の世界に再び足を踏み入れる。  そして、──俺はまたしても絶叫した。  笑う恭也にしがみついて叫び、BGMにビクッとして何度も後ろを振り返った。  どこでどんなお化けが出て来るのか覚えてるはずなのに、初めて来たみたいなリアクションをしてしまった。  パターンを変えなきゃ、なんて出来るはずがない。 どちらかというとお化けの方が冷静に俺を驚かしていた。  出口への光が見えた瞬間、さっきと同じく恭也の手を引っ張って全速力で駆け抜けた。  ……その後の事は、よく覚えてない。  喋り過ぎて、叫び過ぎて、喉が痛かった。  ずーっと心臓がバクバクしてたから息も苦しいし、お化け屋敷の中で流れてたBGMがまだ耳に残ってて怖い。  ホラー映画は好きだ。 お化け屋敷も嫌いじゃない。 けど、怖いものは怖い。  スタッフさん達から「意外性あって最高だった、またお願いするよ!」と言われても、何も返せなかった。  出来れば二度とやりたくないんですけど、とは思ったんだけど、俺はまだデビューしたての新人だし……断れない。 「おーい。 葉璃、大丈夫か?」 「ハル、この短時間で最高の撮れ高だったってみんな褒めてたぞ」 「ハル君のキャラが一つ出来たね!」 「葉璃、お疲れ様。 今日はゆっくり、休んでね」 「………………」  ロケバスの中で灰になった俺を、みんなが気遣ってくれる。 あんなに笑ってたくせに……お腹抱えて爆笑して、涙まで流してたらしいじゃん……聖南とケイタさんは特に。  俺はトナカイの着ぐるみのまま体育座りをして縮こまり、薄茶色の塊になった。 「……な、リアクションは問題無かったろ? 出来てねぇと思ってんのは葉璃だけだからな」 「……みんな、笑ってました……」 「ご、ごめんね? でもあれは笑うよ! ハル君ってあんな早口で喋れるの!?ってビックリしたんだから!」 「そうそう。 本物の幽霊見た時みたいなリアクションだったよな。 ハル、マジで最高だった」  うぅ……っ! そんな優しい言葉かけないでよ! 俺は今、自分でも自分が嫌いだと思うくらい超~~~~嫌な奴だから!  アキラさんもケイタさんも、俺がじっとりと見上げても気分を害さないで慰めてくれようとしてる。  しかも、───。 「声が掠れるまで頑張ったハル君に、ご褒美だよ」  顔を上げると、アキラさん、ケイタさん、恭也の三人が、それぞれ俺にデザートの箱を差し出してきた。 「甘いもの食べて機嫌直せよ、ハル」 「葉璃、本当に、お疲れ様」 「…………っっ」  三人の労いスイーツはクリスマス仕様にラッピングされていて、どれも可愛くて……何よりその気持ちが嬉しかった。  俺だけじゃなく、みんなも仕事だったのに独りよがりにいじけてた俺はその場で反省した。  そんなやり取りに目を細める聖南の眼差しも殊更に温かくて、何だか俺だけ子どもみたいに喜怒哀楽を見せていた事が急に恥ずかしく思える。  ……俺は根暗でネガティブで卑屈で、その上つくづくガキだよ。

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